「え?」
運転手が、笑顔で後ろを指差す。
どうやら、お代はいらないと言ってるらしい。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて、座席へ向かう。
気づけば、乗客はたったの3人で、皆それぞれ自分の世界に入り込み、座っている。
なんとなく、後ろには行きづらかったので俺は、運転手のすぐ後ろについた。
夕陽を眺めながら、バスに揺られる。
幼い頃、何度か二人だけでバスに乗ったことがある。
家の近くのバス停から出るバスが、桜の丘、彼女がいるであろう丘が終点だったのだ。
それに、親には黙って乗っていた。
二人だけの小さな冒険だ。
何故か、彼女が定期的に行きたがった場所だった。
バスは乗客を新たに乗せることなく、終点「桜の丘」に到着する。
「あの、ありがとうございました」
「ああ、やんちゃもいいけど、気をつけて帰れよ坊主」
「はい」
バスの運転手に礼をいいステップを降りる。降りた先には階段があった。
後ろでは、バスの扉が閉まり出発を知らせる音がなる。
「悪い坊主、少しだけ離れてくれるかい?」
車外放送で注意され、俺は慌ててバスから離れる。
今度は深く頭を下げてバスを見送った。
そして、階段を振り返る。
丘の上を見上げると、そこには満開の桜が見えた。
視線を下げ、地面を見つめまぶたを閉じる。
一つだけ深呼吸し気持ちを整え、もう一度てっぺんへ視線を送った。
漸く決心がつき、俺は階段を駆け上がる。
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