「・・・聞かないだね、理由」
まだ、草の上に座っている沙波が小さな声で呟く。
「言いたいなら、聞いてやる」
遠くを見ながら大して感情も込めずに言い捨てる。
聞く必要はないと知っていた。
黙り込んだ彼女に一度だけ視線を落とし、俺は歩き出す。
「帰るぞ」
動かない彼女に一言だけ言い置いて、階段を下りる。
しばらくすると、彼女が動く気配があった。
階段の途中で立ち止まり振り返る。
こちらを見ていた彼女と自然と目があった。
「ん」
俺は表情を崩すことなく片手を差し出す。
彼女は驚いたのか動きが止まるが、すぐに手を出した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「なんか、心くんボロボロだね」
「ダレのせいだと思ってるんだ?」
「ごめんなさい」
「いいえ」
バス停に着き、ベンチに座る。二人して無言で待っていたが、バスは5分と待たずにやってきた。
都合よく、家の近くのバス停に行くやつだ。
バスはノンストップで目的地に辿り着いた。乗客が少ないこの路線は夕方6時過ぎの今回がラストらしい。
それでも、乗客は俺たちしかいなかった。
バス停からすぐのところに二人の家はある。
バスを乗ってからもずっと繋いでいた手を解くと、俺は彼女に手を振った。
「じゃあ」
「うん、また明日」
彼女は笑顔で手を振って、家の中へと消えてゆく。
一つ大きくため息をついて俺は玄関を開けた。
リビングに入ると、案の定俺の姿を見た母親の怒りの声が飛んでくる。
何の言い訳も出来ぬまま、俺は風呂へと追いやられた。
湯船に浸かり、今日一日をゆっくりと考えた。
こんな事、二度とあってたまるか。
あれから、何も変わらないいつもの生活リズムが続いている。
相変わらず、彼女は朝一に学校に行き、俺は遅刻ギリギリの時間に学校へ行く。
隣の家に住んでいても、互いに顔を合わせることはなかった。
ただ、学校の廊下ですれ違った時に目が合うようになったのが唯一つだけ変わった事だった。
End.
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