しばらくすると、兄さんに変わりレイブンが一両目へとやってきた。現在一両目には僕とレイブンしかいない。
「えっと、まず・・・」
喋り始めて、まず気がついた事は何から説明すればいいのかわからないという事だった。
一番前のボックス席で二人とも、最初に座っていたときと同じ位置に座っていた。
殴られた頬は、冷やされたおかげで痛みが和らいだのは嬉しいが、喋りづらかった。
「改めて、レイブン。現国王フォート陛下、第三王子アイリス・メテオール」
「名前…」
最後まで言い切らないうちレイブンが何か呟く。
「え?」
「名前だよ。レインってのは・・・」
「アイリスって、どうゆう意味か知ってるか?」
何が聞きたいのか理解して、説明するためにも逆に問い返す。
「意味?アイリスって・・・旧語?」
一瞬訝しげな表情をしてからレイブンは聞き帰してくる。
「ああ。うちのは、大体が古い言葉で名付けられるらしい」
「で、アイリスって意味は?」
投げやりな言葉は、そのまま彼の心を表しているのだろうか?
「虹の女神」
「女神ぃ?」
レイブンが心底驚いた様子で、おかしな声音で繰り返す。
「そう。女神」
「って事は・・・?」
「本来は女に付ける名だ」
いまいち、理解できないのか首をかしげている。
「何が言いたいのか、っていうと・・・僕は本来、生まれて来る予定じゃなかったんだ・・・父上は5人目の子供も女児を望んでいた。占い師の占いでも女児が生まれると出た。だから、次は誰もが女児が生まれてくるだろうと信じ込んでいたんだ。名前も子供が生まれる前に決められた。けど・・・実際に生まれてきたのは・・・男である僕だった」
レイブンは喋らない。ただ黙って、僕の話しを聞いている。
「理解できるか?レイブン。生まれた瞬間に必要がないと判断された子供の存在を・・・。裏切られたと父上は言っていた。母上も・・・。それまで、王宮の占い師の占いは絶対だった。けれど・・・外れた。そんな風に生まれた子供は当然、忌み嫌われる。外れた事のない占いが外れたんだ。よっぽどの恐怖だったろうな・・・。当然、名前を考え直してくれる人間なんて存在しない。アイリスという名がそのまま僕の名前になった」
ガタンガタン・・・・・
淡々と話す僕の声に列車の走る音が重なる。
「成長するにしたがって、僕は自分の立場を理解していった。父上と母上に会った事無いっていうのは本当の事なんだ。僕の身の回りの世話をするのも極々決められた人間だけで、まともな会話をしてくれる人は誰一人いなかった。もちろん、学校にも行ってないよ。・・・けど、ある時、急に、二人の人間が僕の部屋に通うようになったんだ。家庭教師と・・・」
「あの、ふざけた兄さんだな?」
「・・・ふざけたって、確かにちょっと、じゃなくて・・・えっと」
急に頭の中が真っ白になった。
レイブンが変に茶化すからだ。
「それから・・・、世界変わったんだ。しばらくして僕は夕食に呼ばれるようになったんだ。そこには、他の兄弟たちがいて、ゼニス兄さん以外は初めて見た。その夕食の場でレインと言う名前がついたんだ」
「どうして」
「アイリスは虹の女神。僕は、どう見ても女神じゃないからな、だったら虹だけで充分だってティール兄さんが・・・」
「でも、レインは・・・確か雨の意味だよな?」
「ああ。良く覚えてるな。虹ってのは、旧語でレインボー。それでも、僕には勿体ないって言うんで縮めてレイン。雨って意味があるというのはゼニス兄さんが教えてくれた。アイリスって名前もお前にピッタリだけど、レインっていう名前もピッタリだな。って・・・。どこらへんが?って聞いたら。意味の分からない返事が返ってきたけどな・・・。それから、僕は城の中ではレインと呼ばれてる」
一呼吸置いて、レイブンへと視線を合わせる。
「だから、レインは偽名じゃないよ。レイブン」
「そっか、それ聞いて安心した」
本当に安心したらしく、背もたれに寄りかかり、思いっきり脱力している。だどうやら彼は、相当名前にこだわりをもっているらしい。
「さっき、一度兄さんが呼んでたの聞いてなかったんだな」
「そうなの?ん・・・・あっ、そいや髪がどうとかって言ってたっけ?」
レイブンは、聞いてないようでしっかりと聞いているようだ。
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