それぐらい、お目が合って、お互いに言葉がでない。
互いにとって意外な人物だったのだ。
男は、最初こそ驚きの表情をしていたが、次の瞬間には怒りの表情へと変化していた。
マズイ・・・。
瞬時にそんな言葉が浮かぶ。
しかし、この状態では僕は何もできない。
そして、男が立ち上がったなと思った瞬間、急に体が自由になる。
それとほぼ同時に人間が壁にぶつかった音。
周りは、本日何度目かの沈黙に包まれる。
「貴様!なんて事をしやがった!えぇ?いったい誰を殴ったんだ?分かってるのかっ!」
沈黙を破ったのはアシエを殴った男。
今、現在でも怒り収まらずといった調子で息を荒げている。
そして、何を考えているのか、いまだ壁に寄りかかって呻いているアシエに近づいて行く。
「さあ!どうなんだ!答えによっては貴様、ただじゃ置かないぞ!」
「くっそ・・・。お前こそ何者だ!この行為は反逆に値するぞ!」
どうにかといった調子で殴られたアシエが怒鳴り返す。
静かだったのはほんの一瞬で、あたりはあっという間に喧騒に包まれる。
たった二人によって・・・。
これを、僕が止めなければならないのか・・・?
とりあえず巻き込まれてはいけないと思い、ボックス席の中へ非難する。
「反逆?面白い事をいうヤツだ。私が誰だか分かっていて言っているのか?」
殴った男は冷静さを取り戻したらしく、先ほどのように怒鳴ってはいない。
「誰だか分からないから聞いてたんじゃん。なあ?」
いつのまにやって来たのか、レイブンが横でそんなことを呟く。
「顔、大丈夫か?」
「あ・・・ああ。悪い」
先ほどの出来事なんて、無かったように話し掛けてくるレイブンに、どう返したらいいかわからない。
「ん。もし良かったら・・・。は置いといて。ん~?なあ、あれ止めなきゃまずくない?」
ただの口喧嘩だったものが、今ではお互いに殴りかかろうとしている。
・・・もし良かったら・・・の先はなんだったのだろうか・・・?
そんな事を考えながら、気のない返事をする。
「ああ。僕が止める」
しかし、今は大人気ない二人の争いを止める事を優先させなければならない。
一言残し、渦中の2人に近づいて行く。
でなければ、こんなぼろい列車すぐに壊れてしまいそうだ。
無駄な心配をしながら、レイブンのそばを離れた。
「さっきの威勢はどうした!名乗る名前があるのなら、さっさと名乗ったらどうなんだ?」
アシエが有利になったのか、調子にのって相手を挑発している。
僕としては、これ以上悪化するのはよして欲しい。
そして、できれば彼が名乗る前に止めたい。
そもそも、大の大人で、隊をまとめる地位にいる二人がこんな低レベルなケンカをしていてもいいのだろうか?
「そんなに名乗って欲しいのならば、いいだろう。良ぉく聞いて置けよ。私は現王国、第一王子のゼニス・メテオールだ」
「はあ?」
アシエがおかしな声を上げる。
間に合わなかった。
「見たこと無いか?この顔を?お前は普段何で情報収集を行っているんだ?」
完全に相手を馬鹿にしたような発言をするゼニス王子に対し、アシエの動きは完全に止まる。
自然と車内は落ち着きを取り戻し、先ほどまでの喧騒が嘘だったように静まり返った。
「ゼニス様!他の車両を確認してきましたが、それらしい方は発見できませんでした・・・」
そんな静けさも、あっという間に吹き飛んでしまう。
扉を思いきり開き、相手を確認することなく報告を行う王立警察隊、隊士。
申し訳なさそうに報告しながら、二人連れの男達が入ってくる。堂々としていたのは、扉を開く時だけのようだ。
「ああ。ご苦労さん。いいよ、もう済んだから。撤収!」
「はい!ってあの、済んだというのは・・・?そして、撤収ですか・・・?」
どこまでも、腰の低い男だ。そして、要領が悪い。
「済んだものは、済んだんだ。ってコラ、アイリスまた逃げるのか?」
もしかしたらという思いで歩き出したところで、襟首をつかまれる。
なんか、今日はこんなんばっかりだ・・・。
「ああ、やっぱり。どこかで見たと思ったわ」
そんな言葉を漏らしたのは、先ほどから黙っていたエル女史だ。
レイブンやオネストは、わけがわからないといった様子で固まっている。
「えっ、この方が…?しかし、自分にはアイリス王子に見えないのですが・・・?」
と実に失礼な事を申し訳なさそうに言ってくる。
なんか、むかつくな・・・。
「あ~。見えないなら、見えないでいい。失礼なヤツもいたもんだ。なあ?・・・ってレイン髪はどうした?」
「切りました」
「そうだよな。もったいない。ん?もしかして、だから、発見できなかったのか?情けないな、お前ら」
「申し訳ありません。あの、それでは。報告を…」
「ああ、報告はしなくていい」
「しかし」
「じゃあ、全員待機だ。撤収改め、待機。列車から降りて、俺から連絡があるまで何もするな」
「あの…」
「何だ?」
「いえ、なんでもありません」
「そうか、じゃあ。全員に伝えろ。待機だ。それから、今ここで見たことは誰にも話すなよ。俺が全部やるから、お前らは黙っていろ」
「はい」
二人の隊士が敬礼をしながら返事をする。
しかし、いったい何を考えているんだ?
「分かったら、即行動に移れ」
「はっ、失礼いたします!」
二人して、頭を下げてから、駆け足で去っていく。
そんな二人が去ると、場は何とも言えない緊張感に包まれる。
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