なんとか、頼み込んだ結果。
次の停車駅まで時間をくれた。
なぜ、次の駅なのかというと、これ以上列車のダイヤを乱れさせないためなのと、次の駅からは首都までの折り返し列車が出ているからというのが理由だった。
ということは、そこまで頼み込まなくても、時間はあったという事だ。
兄さんは、まず列車から出て外で待機する連中に何事かを指示していた。その後、すぐに列車内へと戻る。
しばらくすると、列車が動き出した。
ガタン・・・、ガタン・・・とゆっくり走り出す。
戻ってきた兄さんの手には救急箱があった。座れと指示され、おとなしく従う。
「いいか、レイン。今度から殴られるときは、顔だけは守れ」
そんな無茶な…。
内心で答えておいて、声には出さない。
「習ってはいたんだろう?」
「はい、一応」習っていたというのは、体術の事だ。
他にも、弓道、銃術、剣術など色々なものを教わった。城から出ることは出来なかったが、城内でのある程度の自由はあった。出てはいけない時間、入ってはいけない場所、条件はけっこうあったが、それでも、まったく出れないのよりはましだった。
城内には、立警のために呼ばれた様々な師範が滞在していた。その人たちに、時間が空いては兄さんに頼んで、稽古をつけてもらっていたのだ。
おかげで、運動全般には自信があった。城を抜け出すのにも、色々と役にたった。
「よし。これ以上腫れなければいいんだが…。もったいない」
「何がですか?」
もったいという言葉だけ気になり、聞き返すが兄さんはニッコリと笑うだけで答えてはくれない。
「じゃあ、向こうでちょっと話しをしてくるよ。レイブンをこっちによこせばいいんだな」
「はい。お願いします」
頭を下げた僕に、兄さんは驚いたように動きを止める。それから、クスリと一度微笑む。
僕の頭に手をおいて、目を合わせてから喋りだす。
「大丈夫。私がなんとかするよ。レイン、大丈夫だから」
言い終わると、手を頭から肩へと移動させ、ポンポンと軽く叩く。
「じゃあ」
と言い置いて、走る列車内を兄さんは悠然と歩いて去ってゆく。途中、何かに躓きよろめいたが、座席に捕まり持ち直す。
無事一両目の扉までたどり着いてから、何故か振り返る。
「誰にも言うなよ、レイン」
そう言い残して、扉の向こうへと消えていった。
救急箱は、僕の隣に置かれたままだ。
ガタンがタン・・・・
静まり返った車内に列車の走る音だけが響く。
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