あれから、二人の間に会話は存在しない。
逃げる事は絶対に不可能だ。
もし、ここで逃げられたとしよう。しかし、その後はどうなる?
ただの銀行強盗なら、大した問題は無かっただろう。けれど、自分自身の事を考えるとそうはいかない。毎回、何でもない事のようにやってきた家出だって、国王陛下の命を破っているのだから、犯罪と変わらない。それを、小さな処分で済むようにしてくれていたのが、兄さんだった。
「レイン」
窓の外へ視線を向けていた僕は、名を呼ばれレイブンの方へと顔を向ける。
「・・・オレが」
ダッダッダッダッダ・・・
たっぷりと、変な間を空けて話し始めるレイブンの声に、何か妙な音がかさなる。列車の音かとも思ったが、それは聞きなれた音とは違う。
「何だ?」
「向こうの車両だ」
僕の疑問にレイブンが答える。
様子を見に行こうと立ち上がった時には、その音は大分近づいてきていた。
ガッチャン!!
ダッダッダッダ!
大きな音ともに複数の人間の走る音。
ガッチャン!!
先ほどよりも大きな音がして、色々な「音」が鮮明に聞こえてくる。思い切り良く開かれた扉は、反動で閉まりかけるが、それを後続の人間が再び開く。
男女を先頭に、二両目にいた人間たちが走り込んできた。
「何だ?」
「待て!止まれ!貴様ら」
アシエが、男達に怒鳴るが、当然ながら逃げてる二人は止まらない。
「来るな!」
先頭を走っていた、男が向こうへと振り向きながら懐へと手をやる。
「二人が危ない。止めろ!」
そんな事を叫んだのは誰だったか分からない。
男が、懐から取り出したのは黒く重たく光るものだった。
小型拳銃?
「パロット、早く!」
「分かってる!」
食堂車で出会った二人が、いったい何をしようとしているのか気づいた時には、もう遅かった。
「レイン!」
背後からは、レイブンの叫ぶ声。
「おい!何をするつもりだ?」
「・・・・・・!?」
「―っせ!」
「レイン!止めろ!」
まともに、聞き取れて理解できたのは兄さんの言葉だけだった。しかし、体はすぐには動かない。止めろと言われても、無理なときだってあるんだ。何より、向こうの方が行動が早い。
「お前ら!動くな!」
「さあ!全員止まりなさい。じゃないと、この子の頭が吹っ飛んじゃうわよ?」
楽しそうに、横にいた女―アガットがそんなことを言う。
コツっと冷たい何かが、こめかみに当てられる。
続いて、すぐ耳元でカチッという音がした。
全員の動きがピタリと止まる。
「やあ、また会ったね二人とも」
場違いなほど、明るい声でパロットが話しかけてくる。
「どうも。ところで、あなた方は何してるんです?」
「まあ、気にするな。えっと、レイブン君と言ったかな?キミは向こうへ行ってもらおうか」
どこか暢気な僕らの会話に、周りは漸く動き始める。
「その子を放せ!」
叫んだのはアシエだ。
「それは無理だよ。それにしても、何で立警と国警が一緒にいるんだ?」
それに対する、パロットの声は平常だ。
「関係ないだろう!早く、その子を放しなさい!」
「あの?何であの人たちが、あんな事してるんです?」
場違いなほど、惚けた声で尋ねるのは、レイブンだった。
「あの人達が何かしたんですか?あっ、もしかしてレインが言ってた詐欺行為?」
「えっ?レインが?いったい何を言ったんだ?」
余計な事ばかり喋るやつというのは、どこにでもいるもんだ。しかし、そのレイブンの言葉にらしくない反応を示す兄さんは、様子がおかしい。
「あっ、いや。落ち着いてください。王子様、オレそんな急に聞かれても、何がどうしたか説明するの無理です…」
兄さんの、勢いに戸惑うレイブンだったが、彼が説明するまでもなかった。
「このガキに見事、言い当てられたんだよ。詐欺だろう?って」
忌々しげに、パロットが自ら話す。
「レイン、そんな事したのか?」
状況を無視した会話はまだ続くらしい。
「別に。僕は、何も」
「あら?あの時はホント驚いたわよ。まさか、こんな子供のせいで…もしかして、通報したのは貴方かしら?」
「だから、僕は何もしていない。言ったはずだよ?あんたらには興味はないって」
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