レイブンが出て行ってからの二両目は何故か沈黙に包まれていた。
先ほどまでは、ペラペラと喋っていたというのに。
「さて、正直私も困っている」
その沈黙を破ったのは、本当に困り果てているゼニスの声だった。
「それで?」
その声に、冷たく返すのはエル女史だ。
「『それで?』じゃないだろう?エル女史。もう少し、言葉を選んでくれ…」
大げさな仕草で、落ち込んでみせるゼニス。
「お前が何に困っているのかは、手に取るように分かるからな、わざわざ話題に出そうとは思わない」
「そうか、では次へ行こう」
「ほお、まだ何かあるのか?」
「ええ、ありますとも。さすがにこのままではまずいからな。アシエ、手柄が欲しくないか?」
「え?自分ですか?」
急に振られて驚くアシエに対し、振ったゼニスは笑っている。
「ああ、お前にしか頼めない事だ」
「しかし…」
「何を言い出すかの思ったら。正気かゼニス王子?」
「ええ、オレは正気ですよ。エル女史」
アシエの返答などまるで無視して、二人だけの会話が続く。
「自分では出来ないから、他人に任せるのか?」
「ええ」
「相手の気持ちは、無視か?」
「元より、犯罪者に気持ちなど無用だろう。エル?」
会話が進むにつれて、声の温度が下がってゆく。ピリピリとした嫌なムードが二両目に立ち込める。
「なあ?アシエ。子どもだろうが、何だろうが犯罪者は犯罪者だと言ったのはお前だったな」
「しかし…」
「どうかしているぞ、ゼニス!」
「オレは、意見を変えるつもりはないよエル。さあ、アシエ行くよ」
歩き出すゼニスに、アシエは付いて行こうとはしない。仕方ないと言いたげに、ゼニスは動かないアシエの目の前に立った。
「いやいや、お前には大きな借りがあるからな。それと、殴ってしまったことへの謝礼も込めて、お前に頼みたい」
ゼニスは、アシエを殴った右手をヒラヒラと振りながらそんな事を言う。
「そんな、借りだなんて、自分は…何も」
混乱しているのか、アシエは上手く話ができない。
「いいんだ。そのうち分かるから、今は黙っていてくれ」
もっと違った言い方をすれば、「黙っていう事を聞け」と言う事だ。しかし、あえてゼニスはそうは言わない。変に遠まわしな言い方に、アシエはますます理解できなくなる。
「ここは、言う事を聞いて置いた方がいいぞ、アシエ。私が言うのだから間違いない」
ゼニスの言葉を聞いて、エル女史が何かを理解したのか、そんな事を言う。
状況を理解できないアシエは彼女の言葉を聞いて納得したらしい。
彼は首を縦に振るだけで、言葉を発しようとはしなかった。
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