「そんな事もあるのだな」
全てを差すような、曖昧な翁の感想にセツイは嫌そうな声色で面倒くさそうに答える。
「だから、言ってるだろう?僕のミスだ」
確かに、普段から店や品物が客を選ぶけれど、客側が自分の意思と関係なく2度も店に来るのは珍しい事だ。
「セツ。何デ、ミスナノ?」
シノの質問でますますセツイの機嫌は悪くなる。
「加減出来なかったのは僕のミスだ。その反動で熱まで出す始末だし」
冷たい、温度差のない声で一息に喋るが、さきほどまでの彼と比べれば、幾分か調子がいいようだ。
「反動?」
「そう。自分でかけた術とはいえ、無理やり解いたのだから、反動の一つや二つ・・・」
だから、ほっといても勝手に下がるんだとセツイは言う。
「セツ?」
「何?」
「存在、忘レテルネ」
「何の?」
「シノガイルノハ、何ノタメサネ?」
「確かに、反動を使い魔に送る事もできるけど、そのためにお前を造った訳じゃない」
セツイの言葉にやや力が篭る。彼にしては珍しいことだ。
まっすぐにシノを見、言葉を紡ぐ。
「シノ?お前自分の名前の意味知ってるか?」
「シノに意味があるのか、テンシ?」
疑問の声を発した翁は心底不思議そうだ。
「普段のは愛称だ」
「シノハ知ラナイヨ?」
セツイはシノの言葉を聞き、一瞬表情を顰めるがすぐにそれは無表情に戻る。
「言ってなかったか?シノは東雲(しののめ)のシノ。つまり夜明けだよ」
「夜明ケ?」
「そう」
「それがどうしたんだ?テンシ」
「夜明けは朝日が昇ること、闇から光りのある世界へ。うちへ来る客の大半は迷いを抱えてる。闇の中をさ迷ってるって言うのは大げさだけど、そんな人たちに、光りを・・・希望を与えるために、僕は使い魔を造った。けして、自分の身代わりにするためじゃない」
「良かったな、シノ。良い名じゃないか」
「ウン。初メテ知ッタヨ」
「じゃあ、テンシ。もう一ついいかい?」
「何?」
セツイの返事はあくまでも、面倒くさそうだ。だが、返事があるだけマシだろう。ひどい時は、まったく答えがないのだ。
「あの、サンタはいつ片付けるんじゃ?」
「ああ、あれ?気が向いたら」
彼らが言っているのは、店のロッキングチェアーに座る人形の事だ。
「気ガ向イタラッテ、セツ。モウ、クリスマスハ過ギテルヨ?」
「知ってる。サンタの服着てないだけマシだろう?何のために着替えさせたと思ってるんだよ」
人形は、店の飾りにと翁が購入してきたものだ。しかし、買ったはいいが仕舞う場所がなく、仕方なくセツイが服を替え、あそこに座らせていた。
「あれ、仕舞うとしたら、庭にある倉庫を片付ける必要があるだろ?嫌だよ、そんな面倒くさい事」
「しかし、いつまでもあそこに置きっぱなしという訳にはいかんだろう」
「分かった、片付ける。でも、今度ね。今は無理」
言い終わると同時にセツイは席を立つ。
それから、翁へと視線をおくり次はシノへ。
「僕はもう寝る。用があるなら治ってからにしてくれる?」
去っていくセツイの足取りは、割としっかりしている。
「お休み、テンシ」
翁の言葉にセツイは片手を軽く挙げて返事をし、階段を上っていく。
「熱はあるようだが、大丈夫じゃな。シノ、お前一緒に行かなくて良かったのか?」
「アッ!待ッテ、セツ!シノモ寝ルヨ。置イテカナイデ・・・」
バサバサと翼を羽ばたかせ、シノはセツイの後を追っていく。
後に残されたのは、空になったマグカップ。
それを見た翁が優しく微笑んだ。
やがて、リビングの灯りも消え静まりかえる。
こうして、夢想屋は今日も眠りにつく。
END.
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