娘を抱きしめてどれくらい経っただろうか?
突然聞こえた声に、彼女は現実へと引き戻される。
鈴の音のような澄んだ綺麗な声だけれど、その紡がれた言葉はおかしな訛りがあった。
顔を上げ、声のした方に視線を向けると、不思議な少年がレンガ造りの建物を背に立っていた。
手には如雨露を持っている。それが少年の姿と不釣合いでおかしい。
「暇なら寄って行かへん?」
「え?」
「今ならサービスで、紅茶とお菓子付きや」
「サー・・・ビス?」
「おかし?」
泣いていた娘がピタリと泣き止み、「お菓子」と言う単語に興味を示す。
娘が少年の顔を見上げると、彼はニコリと微笑み軽く頷いた。
「みーちゃん、お菓子食べたい!」
少女が母親に抱きついて、お願いと視線を送る。
「こんにちわ。小さなお姫さま?お菓子は何が好き?」
少年が屈んで、少女と視線を合わせ問いかける。
「みーちゃんね、ケーキが食べたい!」
「じゃあ、イチゴのケーキをだそうか。さあ、どうぞ。僕で良ければお話しを聞きますよ?」
愛娘はすっかりお菓子に夢中だ。この分だと、食べなければ離れないだろう。
「ここは、何の店かしら?」
「ん」
と言いながら、少年は上を指差す。
「夢想屋?・・・あなたが探しているものきっと見つかります?」
看板を読み上げるが、何の店かはさっぱりわからない。
「何の店?」
「雑貨屋」
少年はごく簡単に答えを返す。
「雑貨屋でケーキが出るの?」
「出しちゃダメだって誰が決めたの?」
「え・・・?」
「さあ、どうぞ」
重たそうな木の扉を開き、彼はニッコリと微笑む。
ドアに着いたカウベルが心地いい音を響かせた。
彼女の前に現れたのは、神様でもなく悪魔でもなく、不思議な喋り方をする天使だった。
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