~波と心 Ⅰ~
『あなたがこの手紙を読んでいるという事は、私はもうこの世には存在しないという事になるでしょう。』
冗談にしか見えない手紙の出だし。
差出人は隣に住む幼馴染。
ここ何年もあっていなかった。同じ学校にいっているのにもかかわらず、彼女の顔を見ることすらなかった。
向こうは朝一に学校へ行き、俺は常に遅刻すれすれの時間に登校していた。
「何だ、これは?」
『これをあなたに送るかどうか、悩んだけれど、結局他に思い当たる人物がいなかったので、あなた宛にしました。』
「冗談じゃない」
俺は急いで部屋を出る。
イタズラにしてもタチが悪い。文句の一つでも言ってやらなければ気がすまない。
階段を下りて、玄関に辿り着いたところで母の声が飛んでくる。
「出かけるの?」
「ああ」
学校から帰ってきて、脱いだばかりの革靴を再び引っ掛ける。
「じゃあ、帰りにお醤油買ってきて」
「隣、行ってくる」
「まぁ、めずらしい」
つかいを頼まれるのも面倒だったので、素直に行き先を告げる事で、それを回避する。
玄関をでたところで、隣の家の彼女の部屋を仰ぎ見る。
カーテンは閉じていた。
インターホンを押してそのまま突き進む。返事を待つ事はしない。
勝手に玄関を開けて、上がりこむ。
「こんちわ。沙波います?」
何事かと出てきた人物を確認してから声をかけた。
「あら、めずらしいお客さんだこと。さなみ?会ってないけど、もう帰ってきて部屋にいるはずよ?」
驚きの表情を引っ込め、笑顔に変わると、彼女の母親は2階を指差しながらそう言った。
「ちょっと、失礼します」
不思議そうな顔して俺を見送り彼女はリビングへと戻ってゆく。
母親の反応を見て、俺の中で怒りの感情が湧き上がる。
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