~波と心 Ⅱ~
手紙から視線を剥がし公園に目を向ける。そこには実に平和な風景が広がっている。母親に連れられた子どもたちが思い思いの場所で遊んでいる。
彼らにとっては、とても広い世界なんだろう。親から一定の距離を保って、遊んでいる。
優しい笑顔が甦る。
いつも、彼女に振り回されてた俺は、いつも不安そうに母親の顔を振り返っていた。
そんな時の母親はいつも決まって優しい笑顔をかえしてくれた。だから、俺は安心して、彼女の後を追うことが出来た。
最後の最後に、叱られるということが分かっていても、最後まで彼女を追いかけた。
いつからだろう、彼女の背中を追わなくなったのは。
小学校に入った頃は、もう既に並んで歩いていた。
中学に入った頃は、俺が一歩前を歩いていた。
そして、高校に入ってからは一緒に歩くどころか、会うことも無くなった。
子どもたちの声を聞きながら、手紙に視線を戻す。
『どうして?というのは聞かないで欲しい。だって、理由なんてないから。でもこれだけは知っておいてほしい。私は一度だって、つらいとも思ったことはない。いつもいつも楽しくて仕方がなかった。だけど、世の中それだけじゃダメみたい』
「んの、バカが・・・」
自分の周りから、音が消える。
『だから、私は決めました。サヨナラを言うのは、意外に寂しくないもんです。よかったら心くんも一緒にどう?・・・・もちろん冗談デス。心くんは絶対にそのままでいてください。うん。できれば、私の分も世界を楽しんじゃって。』
文字が霞んできたのは気のせいだろう。
「お兄ちゃん、大丈夫?コレあげる」
急に足元から声がかけられ、世界に音が戻る。
見ると、そこには少女が立っておりその手の中にはポケットティッシュが握られいる。
「ああ、ありがとう」
彼女の手から受け取り、一枚だけ出してまた少女の手の中に戻す。
「ううん、ダメだよ。お兄ちゃんなんだから、泣いちゃあ」
「うん。そうだね。ありがとう。」
「ダメなんだからね。じゃ、ばいばい!」
最後に念をおして、少女は去ってゆく。
その後姿がどこか彼女に似ていた。
『そうだ、ひとつだけお願いがあります。私のお母さんについて、きっとあの人のことだから、責任を感じちゃうと思うの。お母さんのせいじゃないよ。私の身勝手な行動なんだって、言い聞かせちゃってください。できれば、私の変わりに寄り添ってあげてくれると嬉しいです。あ、でもそれはちょっと羨ましいかも・・・。だって、心くん知ってた?心くん、学校の女子の間で人気があるんだよ?私は聞いてビックリしたよ。あの泣き虫だった心くんが、学校で人気者の男の子に育っちゃうんだもん。世の中って恐ろしいよね。』
内容が定まらない手紙はまるで、女子のお喋りのようだった。
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