~波と心 Ⅴ~
最初に目に入ったのは、やはり桜の木だった。自然に、その下にある人影にも目が行く。
「沙波・・・」
音にもならない小さな声で彼女を呼んだ。
彼女の頭上には当然のように縄が一本垂れており、足元にはなにもない。
「!?・・・さなみ!!」
もつれる足を、無理やり動かし彼女に駆け寄る。
もう動かないと思った彼女の顔がこちらを向く。
「・・・沙波!」
「・・・心くん」
間に合った。
彼女の足元には、草に隠れた岩が存在した。
勢いだけで、何も考えずに彼女に飛びつくと、支えきれない力が加わり二人して草の中へ消えてゆく。
「バカか!お前は、何やってんだ!!・・・くっ」
先ほど、似たような台詞を誰かに言われたなの思い出し、俺は思わず、吹き出した。
「心くん、笑ってるのか怒ってるのか分からないよ」
「うるさい、ふ、はははは」
何故だか笑いが止まらない。
視界は涙でいっぱいになり、もう何がなんだかわからない。
分かっているのは、俺の目の前に沙波がいて、彼女は無傷で生きているという事、そして、自分は傷だらけだという事だ。
「心くん、今度は泣いてる?」
「悪いかよ」
「ううん。やっぱり、心くんだね」
「何の話だよ」
「でも、何で来たの?」
「お前な・・・・」
「だって、間に合わないって思うでしょ、普通」
「手紙、消印ついてないから、直接ポスト入れたって分かったし、夕陽見ながらって書いてあったから沈む前なら間に合うと思ったんだ」
「そっか・・・」
「そっか、じゃないよ」
「何?」
真面目に話をしようと、彼女と目を合わす。しかし、彼女は小首を傾げて微笑んでいる。そんな笑顔を見るとそれ以上の言葉が出てこない。
「約束しろ、二度とこんなバカな真似するな。お袋さんどうするつもりだよ?友達、二人だって、心配してぞ?何か悩んでるなら俺が聞いてやる、どうしようもできない事があったら俺がなんとかしてやる。だから、・・・・こんな事はするな」
「うん。分かった。ありがとう」
「ああ」
俺は立ち上がり、空を眺める。
夕陽は地平線の彼方へと消えるところだ。反対側を向けば、そちらはもう夜に包まれている。
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