「デッキへ」
と僕はとりあえず、簡潔に答える。
すると案の定、雑貨屋のお姉さんは表情を曇らせた。
「ここから先は個室車両よ」
お客ではないと判断されたのか、随分砕けた調子で話しかけてくる。
「分かってます」
「分かってて行くの?」
「はい」
・・・・・・。
沈黙。
ガタン、ガタン…
車輪の音だけが、辺りに響く。
気まずいなと思いながらも、僕は意見を変えるつもりはない。
個室車両とは、ようはお金持ちの皆さんが集まった車両だ。
でも、こんなボロ列車に乗るお金持ちなんてたかが知れている。ただ、時々例外があるらしい。物好きな老夫婦が、気紛れを起こして乗る事があるらしいのだ。他にも、急いで遠くへ行きたい場合や、お忍びで出かけたい場合はこの列車が使用される
「気をつけてね。今回の人たち結構、厄介な感じなのよ」
しばらく黙っていたかと思うと、雑貨屋のお姉さんは、ため息を漏らしながらそう言った。
もうすでに、変な文句をつけられたのだろう。
「中途半端な金持ちほど、厄介ですよね」
あまり喋らないつもりでいたが、少しぐらいなら会話をしてみようと試みる。
「そうそう。…って、キミ、絶対に他ではそんな事言わないようにね」
「はい。分かってます」
「本当に?何か、キミ達みたいな若い子は心配なのよね。怖いもの知らずというか…。もしかして、キミも一人旅かしら?」
「はい。たまには、遠くへ行ってみようと思ったんです」
「キミ達」と「キミも」という言葉に少し引っかかりを覚えたが、構わず何時間ぶりかの会話を進めていく事にする。
「ん~!いいよねぇ。旅は。私も若い頃は、良く列車に乗って旅行に行ってたわ」
「知らない世界を知る事ができるなんて、素敵な事ですよね」
「あら、いい事言うじゃない。また休暇もらって、しばらく旅に出ようかしら。次はどこがいいかしらね?」
雑貨屋のその台詞を聞き、長くなりそうだなと判断した僕は、会話を切り上げることにする。
「ところで今、何時だかわかりますか?」
「時間?えっと…、あら、店仕舞いね。もう十二時だわ」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
僕は一応、お礼を言って軽くお辞儀をする。本当のところ、あまり関わりたくはないので、サッサと歩き出す。
扉に手をかけたところで、後ろから声が飛んできた。
「次は、何か買っててねぇ、少年!」
あまり大きすぎない声で彼女はそう叫んだ。
どう返事をすればいいのか一瞬迷ったが、とりあえず、笑顔で会釈してごまかしておく。
これからの事を考えれば、あまり無駄なお金は使いたくないというのが本音だ。
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