長い事両手で支え持っていたカップをソーサーへ戻し、セツイはソファーの上で片膝を抱えた。
「まず、結論から言うと・・・君の今の母親も、このあいだの『ママ』も君にとって大切な人間であることには変わりない。これは、わかるね?」
「うん」
抱えた膝の上に顔を載せたセツイの視線は、やや俯き加減となり、机の上の紅茶へと向けられる。
「今いる君の母親は、君を生んだ母親じゃない」
瑞希の反応を確かめるようにセツイは視線を上げる。
「けれど、今の君にとって彼女が母親である事は変わらないだろう?」
何の反応もない瑞希を気にしているのかそんな事を言う。
確かにそうだと瑞希は思う。今更、母親じゃないと言われてもそれこそ、どう反応したらいいのか分からない。
「分かりやすく言えば、君には産みの親と、育ての親。2人の母親がいる。ただ、それだけの事だよ」
とても単純な事だと言うようにセツイは言うが、そんな簡単に割り切れるものでもない。
現に今、産みの親の記憶が瑞希にはないのだ。
悩み始める瑞希を他所にセツイは話しを進めていく。
「君が4歳になる頃に『ママ』は病気で亡くなってる」
ママが瑞希の記憶からすっかり消えていた理由は分からない。
セツイが言うには、それにはママが原因にあるらしい。
ママは瑞希が生まれてすぐに発病し入退院を繰り返していた。それでも、娘が可愛くて、愛しくて彼女は病気の体に鞭を打ち瑞希と接した。
瑞希が2歳になる頃には、病院にいるよりも家にいる方が多くなった。一時はこのまま治るだろうと信じられていたが、事は悪い方向に進んでいく。
幸せだったのは、ほんの1年間。
彼女の病気は再発する。
1秒でも瑞希といられる様にと彼女は長期入院をギリギリまで拒んだ。
しかし、それが彼女の病を悪化させてしまった。
娘への愛が、結果的に彼女の死を早める事となってしまったのだ。
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