「セツ」
「なに?」
「オ腹スイタヨ」
「・・・・翁、夕飯は?」
店内は暗く、ほとんど何も見えない。セツイが持っていたランプの火を消してしまったために、明かりは2階からの光りが僅かに届くくらいだ。
「できとるよ。今日は、鯖の味噌煮だ」
「また、和食なん?レパートリー増やした方がいいんちゃう?」
翁がランプを受け取り、再び灯りをつける。
「いらんとちゃう?それ」
それを見たセツイが怪訝な表情で、翁に言う。
「テンシ、仕事の報告楽しみにしておるよ」
それだけ言い残し、翁はランプを持ったまま一人2階へと上がっていってしまった。
今度は取り残される側となったセツイの表情は不機嫌そのものだ。
「あいかわらず、嫌味なじぃーさんだな」
僅かな明かりに反射して、暗闇の中でセツイの銀の髪がキラキラと光る。
「セツ」
「何?」
「翁ノ事嫌イナノ?」
「嫌ってんやなくて、嫌われてんねん。せやから、未だにテンシって呼ばれてん。まともに名前で呼ばれたことないし」
「ソウナノ?」
「そうなの。ほな、早う上へ行こう」
「急ガナキャ、食ベラレチャウヨ」
「説明しなきゃならないしね」
嫌そうに呟きながらセツイは、階段を上がってゆく。
セツイが2階へ着くと、ダイニングには3人分の食事の準備がしっかりと整っている。正確には、2人と1羽分だが。
シノの分は大きめのトレーの上に小さなお皿がいくつか並んでおり、その中にご飯、おかず2種、水が取り分けられている。
「2人ともお疲れ様」
「どーも」
翁の労いの言葉を軽く受け流し、セツイは入り口から一番遠い自分の指定の席につく。
その向かい側に翁が座り、二人の間にシノがいる形にとなる。
何気ない普段の光景だが、どことなく重い空気が漂っている。
「テンシ」
「雪衣」
「仕事はどうだった?」
「・・・どうもこうもあらへんよ。いつもどおりや、さっきも言ったんやけど、今回のはまだ終わってないねん。報告するんは来週な」
2人の会話はどこか温度差がある。これは、翁ではなくセツイの返しかたの問題のようだ。
「2人トモ。ゴ飯ハ、モウ少シ楽シク食ベルモンネ」
「じゃあ、違う話をしょう」
「何も話すことないやろ?」
翁の提案もセツイは簡単に切り捨てる。
「機嫌が悪いみたいだな」
「ソウミタイネ・・・」
翁がそっとシノに耳打ちをするが、それは意味がない。
「聞こえてるよ」
その後は、翁とシノが会話をするだけで、セツイが乗ってくる事はなかった。
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