昨日と同じだが、あきらかに雰囲気の異なる列車内を通り抜け食堂車へ向かう。
寝ている間に、何駅か止まったらしく、乗客はけっこう増えていた。
食堂車に着くと、中は意外と空いている。どうやら、朝ご飯を食べる時間のピークは過ぎているらしい。
空いている席に着き、メニューを見る。
「レイン、何食べる?オレはこれがいい」
そう言いながら、指差しているのはカレーセット。
「朝からそんなもん食べるのかよ、レイブン」
「んー?だって腹減ってるし!」
嬉しそうに話す彼を見ていると、レイブンなら朝からステーキ1枚ぐらいは軽く食べれそうだなという気がしてくる。
もちろん、僕は絶対に無理だ。
「レイン、決まったか?」
「あ、ああ」
「じゃ、注文しよう」
と言って、彼は立ち上がる。
「え?ちょっと待て、こっちから行かなくても、呼べばいいだろう?」
「あれ?そうなの?オレはてっきりセルフなのかと思って」
・・・・・・・。
と、ここで考える。確かにセルフというのもありえる。
ここは、主都のレストランではないのだ。
列車の中の食堂なんて始めてだから、まるで方法が分からない。
「何?どうして急に黙るんだ、レイン?」
「いや、どうすればいいのかと思って」
「もしかして、レインも初めてなのか?」
「って事はレイブン、お前もか?」
「そっ。オレは長距離列車じたいが初めて。いつもは、徒歩かバイクかヒッチハイクだから」
徒歩でどこへ行けるのだろうか?レイブンの話す内容には謎が多い。
そして、こんな初心者どうしじゃ話しにならない。あきらめて、コックかその辺のウェーターに聞いてみるのが一番早いだろう。
そう思って僕も立ち上がる。
「何だ?坊主たち、こんなところに立ち尽くして」
「ん?いや、別に、どうすりゃいいのかぁ~っと、なぁ?レイン」
僕は頷くだけに留めて、急に声を掛けてきた二人を交互に見やる。
「あら、坊や達、旅は初めてなの?」
話し掛けてきたのは、男女の二人組み。
服装から察するに、きっと個室車両の客だろう。一般客とは異なる雰囲気だ。
「では、いただこうか」
「そうね。いただきます」
なんだか分からないうちに、僕らは妙な人たちに巻き込まれていた。
「さあ、ほらキミたちも。折角の料理が冷めてしまうよ」
「そうよ。ほらほら。早く食べなさい」
テーブルの上に並んでいるのは、それぞれが注文した料理。
レイブンの前にはカレーライスとサラダと水。
僕の前には、パンと木苺のジャム、サラダにオレンジジュース。
そして、男女の前にはご飯に味噌汁、納豆に焼き魚そして漬物だ。
まったく趣味が合いそうもないメンバーだという事が良くわかる。
「んじゃ、いただきます」
レイブンが礼儀正しく挨拶してから食べ始める。
「いただきます」
一応、僕も真似ておく。
「二人は、学校の友達かい?」
「いえ、初対面です」
「え?友達じゃないのかい?」
「オレ、学校には行ってないっすよ」
答えるべき事が違うだろ。
「僕たちは、この列車内で出会ったんです」
「あら、そうなの?旅の途中に出会う友人は良いものよ」
何で、こんな事になったのだろうか?
そもそも、こいつらは何でこの席にいるんだ?
僕ら以外は、1組の老夫婦―この2人もきっと個室車両の客だろうーが居るだけで、他の席は全部空いている。
混んでいるのなら、相席している理由も分かる。
でも、今はガラガラだ。
「オレは、レイブン。こっちの愛想のないのがレイン」
愛想がないは余計だ。というより、勝手に人を紹介するな。
「私は・・・パロット。こっちは妻のアガットだ」
「夫婦で旅行っすか?仲いいっすねぇ。もしかして、新婚旅行か何かですか?」
どう見ても、そんな年齢ではない二人にレイブンは何も考えずに尋ねる。
「いや、新婚ではないよ。今年で何年目だったかな?」
パロットは妻へと視線を投げる。
「あらやだ、あなた。覚えてないの?今年で六年目よ」
「何だ、まだまだ新婚さんじゃないですか」
どこのオヤジだ。
「あはは。上手いね。レイブン君」
食事は和やかに進んでいる。僕を除いて。
僕は絶対に騙されない。
こんな、見え見えな嘘。
「見たところ、伯爵か何かみたいですけど、どこの方ですか?」
一通り食べ終わったところで、にっこりと笑顔をはりつけ、僕はそう尋ねる。
「ああ。キミも中央出身かい?良く分かったね。一応、アイビー家のものだ。」
一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに納得しファミリーネームを名乗る。
アイビー家と言えば、子爵の称号を持つ名門貴族だ。
しかし、あの家にはパロットという男はいないはずだ。
「どこの、アイビー家ですか?」
「は?あ、いや。どうゆう意味だね?」
「そうだよ。レイン。アイビー家っていったら有名じゃん。」
「アイビー家にはパロットなんて名前のやつは居ないよ。あの家は、全員名前の頭にTが付くので有名なんだ。だから、嫁選びも大変ならしいぞ」
まったく関係のない豆知識を披露しながら僕は喋ったが空気はあまりよくない。
・・・・・・・。
4人の間に沈黙が走る。
「何で、急にそんな事を・・・?」
パロットと名乗った男が聞いてくる。
「そうだよ。レイン、お前、何が言いたいんだ?」
「別に。僕は分かりやすい嘘を付くやつが嫌いなだけだ」
・・・・・・・・。
そして、再び沈黙。
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