「うわっ・・・」
最後の扉を開くと、目の前には今までに見たことも無いような景色が広がっていた。
そして、何より線路を走る音がものすごい。
ゴォー!という音を立てて風を切って走っている。
慣れるのには少しかかるだろう。
あたりは真っ暗で、暗いというよりは闇という言葉の方がピッタリだ。
「朔の日か・・・」
闇が広がっているのは、目線で言うと見下ろした部分だけで、後は全部星々に埋め尽くされていた。
こんな数の星は見たことない・・・。
まるで、星たちに世界が飲み込まれてしまったみたいだ。
色とりどりの星たちが競い合うように瞬いている。
いつもは、えばるように夜空に浮いている月が無いのもあってか、星たちはとても綺麗に見えた。
たくさん有りすぎて、星座なんてまったく分からない。
主都から見える星では良く分かったんだけどな・・・。
柵を背にして寄りかかり、そのまま伸びをするように上体を反らす。
軽く仰向けになりながら夜空を見上げていると、なんだか別の世界へと連れて行かれそうだ。
そんな、くだらない事が頭をよぎる。
列車が走って起きる空気抵抗のおかげで、凄い勢いで風が吹いてバラバラな髪が暴れていたが、そんなことはどうでも良かった。
目を閉じ、強い風を浴びる。体が持っていかれそうになるのを、足に力を込めて立つ事で堪えているが、いつまで持つかは時間の問題だった。
「んな事してると、落ちるぞ、少年」
へ・・・?
人が気持ちよく空を見上げていたというのにどこからともなく声が降ってきた。
体勢を元に戻して、目の前を・・・つまり、自分が入ってきた扉を見るが、姿はない。
では、どこから声が飛んできたんだろうか?
キョロキョロしていると、再び例の声が降ってきた。
「お前、一人か?」
ん?降ってきた?
そう、声は頭上から降ってくるのだ。
まさかと思って見上げてみると、声の主は列車の屋根の上にいた。
「無賃乗車」
真っ先にそんな言葉が浮かぶ。
「んなっ、バカ言うな」
声の主は何故か慌てて否定する。余計に怪しく見えるのは気のせいだろうか?
「オレは、ちゃんと金払って乗ってるぞ」
そう言いながら、声の主はこちらへ飛び降りる。
タンッと軽く着地を決めてみせた。
「何?少年、一人旅?もしかして出稼ぎ?歳はいくつよ?見たところ結構、幼そうだけど?こんなとこで何やってんのさ」
「・・・・・・」
あまりの勢いに思わず言葉が出てこなくなってしまう。
何なんだ、コイツは。
「何?秘密主義?冷たいなぁ~」
「歳はこう見えても十五、一人旅だ。決して出稼ぎではない。ここには、ただ風に当たりに来ただけだ」
律儀にも聞かれた事全てに答える。
「ああ、一コ下なんだ。てかさ、わざわざあたりに来ようと、思うような風じゃないよね。これは。いやでも、いい旅になりそう」
笑いながら、相手はそう言った。
いったい何なんだコイツは・・・?
あれから、一時間はたったと思う。
頭上から現れた変人とずっと話しをしていた。
今までの会話から、彼の事をまとめるとこうなる。
・年齢十六歳。
・主都の外れ出身。
・ただの旅好き。
・十才を過ぎてから、ずっとフラフラしている。
・今回は、久々に主都に戻って来た。
・用が済んだので、ドコかへ・・・。
・目的地不明。
だ、そうだ。
ちなみに、変わりに僕が話した事は
・年齢 十五
・主都出身
・目的地は終点
と、そんなもんだ。
理由は色々ある。
一番の理由は、彼が喋りっぱなしという事にあった。
僕が情報をまとめている現在も喋り続けているし。
「だから、オレはね。今回は・・・」
相槌を打たなくても、ペラペラと喋り続けているので楽と言えば楽だ。
「夢を探すために・・・・今まで行ったのは・・・・」
しかし、話しの内容の飛び具合が尋常じゃなかった。
しかも、列車の走る音や風の音で声がかき消されてしまうので、余計に理解できない。
だから、僕はずっと黙って、ただ空を眺めている。
「って聞いてくれてる?」
「え?いや、全然」
って、正直に答えるなよ・・・。
自分で自分にツッコンだってしょうがない。
「・・・キミって優しそうな顔してるくせに、中身は物凄く冷たいだね・・・。うん。主都の人間ってそんなもんだよね・・・。他人に対する優しさってもんが欠けてるんだよねぇ。なんか、もうちょっと、親切心を持ってもバチは当たらないとオレは思うよ。って、ちょっと?待って、どこ行くの!?何?もしかして、無視?え!?冗談でしょ?ねぇ?ちょっ・・・」
で、言葉は切れた。
僕が一方的に、彼の言葉を切ったのだ。
そろそろ、体が冷えてきたし、騒々しくなって来たので列車内に戻る事にした。
扉を閉めれば、自然と外の声は聞こえなくなる。
さっさと席へ帰ろう。
デッキから戻ると、ボックス席には出かけた時と変わらない様子で荷物が置いてあった。
どうやら、何も取られていないらしい。
もっとも、とられるようなものは何も無いのだが・・・。
「疲れた・・・」
やはり、初めての事だらけだったため、先ほど寝たにも関わらず、眠気が襲ってくる。
こんなに、長時間列車に乗ったのも初めてだし、主都から離れたのも初めてだった。
それに、今日一日だけで、今でも信じられないくらい思い切った事をやってきた。
きっと、もう主都には戻れないし、二度とあんな所には戻りたくない。
鞄から、フード付きケープを引っ張り出し、狭い椅子の上に丸くなる。
朝まで寝よう。
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