セツイは「ちょっと待ってて」と言い置いて、瑞希の視界から消えてしまった。
視界から、というのには理由がある。
部屋の中が下の店同様に薄暗いのだ。
先ほどまでは、窓から日が差していたがすっかり太陽が沈んでしまったために部屋の明かりだけでは足りていない。
それだけでなく、この部屋は色々と視界を遮るものがある。
中途半端な場所に本棚が置いてあったりするのだ。
「それ、いつ買ったもの?」
どこからか、声はするが姿は確認できない。
「1週間前に」
「そっか」と言いながら、ようやくセツイが姿が表す。
手には何か色々と持っているようだ。
「はい。仕事始め」
一言呟いてからセツイが深呼吸をする。
そして、掛けていた眼鏡を外して胸ポケットにしまう。
「えっと。キミ、名前は?」
「えっ?」
あれ?瑞希は一瞬考える。
そういえば、相手の名前を聞いているのに自分は名乗っていなかった事に気がついた。
この数十分間、彼の中で瑞希は名前の無い存在だったのだ。
それはちょっと凄い事かもしれない。
誰だかわからない人間を相手にひたすら語っていたのだから。
「瑞希。小向瑞希」
「こむかいみずき?」
なぜか、セツイが発音すると発音がおかしくなっている。
しかし、そんな事を訂正しても意味が無いと思い頷いておく。
「んじゃ、瑞希。これから質問をするから正直に答えて」
「はい。」
そして、セツイが目の前にあるものを組み立ててゆく。
それを見ていて、ふっと疑問に思うことがある。
自分は今、時計を直してもらうためにここにいるのだ。
何で、質問をされなければならいのだろうか?
何か理由があるのだろうか?
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