読めなかった手紙 2
通いの喫茶店のマスターに、アルバイトに来ないかと誘われたのはクリスマスの日のこと。
「クリスマスが終わったら、次はお正月か・・・。一年ってあっという間だねぇ」
カウンター席に座った歌理さんは天井を眺めてそんな事を呟いた。
「どうしたんだい、歌理さんらしくない。何かあったかい?」
「ん~、約束の3年があと一年なの」
「約束…ですか?」
「あれ?イツくん興味ある?」
「あ、いえ。スミマセン」
人のことを詮索するのは良くないことだ。そう思って、反射的に謝ったが、歌理さんは笑顔で話を続ける。
「うちの親とね約束したの。大学卒業して3年経ってもやりたいこと見つからなかった、大人しく帰ってきなさいって」
「さ、どうぞ。逸貴くん。歌理さんはね、大きな旅館の娘さんなんだ」
コーヒーカップを歌理さんの前に差し出してから、マスターが簡単に説明してくれる。
「え・・・?」
思いがけない単語が出てきて、思わず歌理さんを凝視した。
「ってことは、将来・・・女将さん?」
「あはは、似合わないって思ってるでしょ?」
「そんなことないっすよ。イメージが浮かばなかっただけです」
「言うねぇ、イツくん」
「歌理さん、着物着ると美人だよ」
「マスター?それじゃ、普段の私が美人じゃないみたいじゃん」
悪戯っぽく笑いながら、歌理さんが抗議する。
「おっと、それは失礼」
「着物美人は私より、詩望ちゃんだよ。お正月の晴れ着姿、綺麗だったなぁ。あ・・・」
「歌理さん、何か食べるかい?」
失敗したと言わんばかりに、歌理さんは口を噤み、それをフォローするようにマスターがまったく別の事を尋ねた。
「ええ、凄い・・・似合ってましたね」
「イツくん・・・」
彼女は、詩望は何かというと、この店に来たがった。何でもマスターが死んだ祖父に似ていたらしい。初詣に行く前や、夏祭りに行く前にもここで待ち合わせた。
その度に常連客たちにお前は私服のままなのかとからかわれたのだ。
どうせ何の予定もなかったので、オレはその話を喜んで引き受けた。
時給750円の食事付き。
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