「マスター、隣のケーキ屋さん今日は休みなの?」
扉を開けるなりマスターに話し掛け、そのまま喋りながらカウンターに着く。
「いらっしゃい。ああ、なんでも大切な用事があるらしいよ」
オレは、そんな彼にまず水を出す。
「残念。買って帰ろうと思っていたのに」
「へぇ~、ササ君もケーキ買うことあるんだね」
早速会話に加わる歌理さんは、からかうような口調で彼を迎え入れた。
「なんだよ、歌理。俺だってたまには家族にって思うんだよ」
「誕生日かい?」
「そう。うちのおかんのバースデー。ところで、何かあったのか?」
流れるような会話が、突然せき止められた。声のトーンを落として、尋ねてきた内容はまるで何のことか分からない。
「何が?」
尋ね返した歌理さんではなく、オレに視線を合わせて真剣な表情で同じような言葉を繰り返す。
「イツ、何があったんだ?」
「何がって、何すか?」
「だって、その格好・・・」
「そんなにおかしいですか?」
「いや、どこのホストかと思った」
「・・・・笹帆さん、コメントが歌理さんと良い勝負です」
「しまった・・・。次までに、もっといいの考えてくる」
笹帆さんは大げさに頭を抱え込み、反省している。
「ササ君、それはどういう意味かな?」
「ダレにだって、負けたくない人間の一人や二人いるもんなんだよ」
「お、言うね。笹帆くんの相手は歌理さんなのかい?」
「ん、まぁ。迷子仲間だから」
詩望が倒れたのは、その冬初めて雪が降った日だった。
学校に来る途中、駅のホームで倒れたらしい。彼女は1週間前から風邪を引いていた。だから、それを拗らせただけだと思っていた。
入院すると聞いた時も、すぐに退院できるだろうと信じていた。
しかし、彼女はもう二度と病院から出る事はなかった。
もうだめらしい。
そんな事を、彼女の両親から聞かされた時の事を今でもはっきりと覚えている。
お昼の時間になると、近所の会社に勤めるOLやサラリーマンが何人か食事を取りに店へやってきた。
← →PR