「・・・・・・・?」
オレはそれを見たまま、静止する。どうしたらいいか分からない。
「受け取ってあげなよ。逸貴くん」
「あ・・・はい」
マスターに言われ、歌理さんの手からそれを受け取る。
「イツ君、アルバイト初めてでしょう?だからね」
「そう。俺たち3人で、初バイト祝い」
「仕事は覚える事が第一。何でも教えられた事はメモっていった方いいよ」
渡されたのは、ボールペンと小さなメモ帳。
「メモ帳は安いけど、ペンはそれなりだからね」
「そうそう。折角だからね」
歌理さんの言葉に、笹帆さんが続く。
「ありがとうございます」
出てきた言葉はそれだけだった。
本当はもっと色々言いたい事がある。
貰ったものに視線を落としながら、頭の中では色々な言葉が渦巻いている。
ずっと、良くしてもらっていた。マスターも、歌理さんも笹帆さんも、雲さんも。
詩望がいなくなって、真っ白になった世界。
何もできなくなったオレに、色をくれたのはこの店だ。
どこにいても、涙が零れ落ちた。
家族の前、友人の前では無理して笑ってみせた。
それが、この店だけは違った。
冷たい、灰色の町に比べると、この店はいつも暖かい色に包まれていた。表情を作らなくても、それを何も言わずに受け入れてくれていた。
だから、自然と足が向いていた。
最後に見た彼女は、笑顔を浮かべていた。
白い部屋で、綺麗な笑顔を浮かべて「また明日」と言って分かれたのが最後だった。
その夜、彼女の容態が悪化した。
「イツ君?」
急に黙り込んだ、オレに心配したのか歌理さんが名を呼ぶ。
「あ、いえ。ありがとうございます。また、明日も来てくださいよ。マスター、オレ看板閉まっときますね」
そう言い残して、俺は看板を持って一人先に店内に戻った。
外には、状況が読めずに立ち尽くしている大人が4人。
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