・*・。*『二人の跡』・*。・*
「ただいまぁ!ってあれ。兄ちゃん何でいんの?」
「いちゃ悪いか?」
リビングで一人いるところに終業式を終えた末の弟が帰ってきた。
「なんだよ、コーコーセーってのは、簡単なんだな。なぁ!兄ちゃんサンタっているの?」
「はぁ?」
「だって、ユウがいるって言うんだ!手紙を出すと返事をくれるって!!」
「・・・あぁ、そーいやいるかもな。そんなのも」
最近の子どもはこうゆう話をするのか・・・。
自分たちの頃はどうだったろうか?
数年前の事を思い出そうとするが、上手くは行かない。
思い浮かぶのは数ヶ月前のことばかりだ。
楽しかった思い出と同時に涙が溢れる気配を感じ取り、慌ててオレはリビングを出て2階へと向かう。
下から弟の声が聞こえるが、他に話し相手はいないはずだ。
数分後、リビングへ行くと彼は良く分からないクリスマスソングを口ずさんでいる。
どうやら、いろいろな曲が混ざっているらしい。
「あれ?兄ちゃんでかけるの?」
「ああ」
「クリスマスなのに?」
「ああ」
「なんだ、折角遊ぼうと思ったのに」
「また今度な」
「兄ちゃんの、ケチ!いいもん、おれ一人で遊ぶから!」
まだ小学校4年の彼は常にテンションが高い。
「もうすぐ、弘貴が帰ってくるだろ?」
「嫌だ、ひろ兄と遊んでも面白くない」
本人が聞けばショックな一言だ。しかし、彼の言い分も良く分かる。
彼はユーモアというものが欠けている。相手を楽しませようという行為を一切しないため、彼との会話はいまいち盛り上がらない。
「なぁ、おれも連れてって!」
名案だとばかりにまとわり着いてくる。
「無理」
短く一言で切り捨て、靴を履くために玄関に座り込む。
「頼む!なぁ!いつ兄!」
引き剥がすが、それでも彼は離れようとはしない。
「ウルサイ、光貴。帰ったらいくらでも付き合ってやるから。それと、レンジん中に昼飯入ってる。夕飯までには帰るって母さんに言っといて」
「ちょっと、兄ちゃんってば!いつきのば~か!!」
弟を無視して扉を閉める。目的地も決めずにふらふらと歩き出すが、自然と向かった先はいつも待ち合わせに使っていた小さな喫茶店。
「やぁ、いらっしゃい。逸貴くん」
洒落た扉を開くと、当然のように声をかけられる。
「ども」
毎日のように来ていた時期があったからマスターには顔と名前を覚えられていた。
入ってすぐに目に入るのは壁一面の棚に置かれたビンだ。中にはそれぞれ紙が入っている。
「学校、もう冬休み?」
「先週から」
「そっか、イツくん私立だっけ?」
「はい」
あっというまに、カウンター席に座る常連客たちの会話に混ぜられる。
ここはそうゆう場所だ。
「いつものでいい?」
「あ、ありがとざいます」
マスターに礼を言っていつも座っていた2人席に着く。
マスターがカップとお皿が乗ったトレイを持ってやってくる
「クリスマスだからサービスね」
お皿の上にはクリスマスケーキが乗っていた。小さいが丸太形でよく出来ている。
どんなに待っていても彼女が現れる事はない。
窓側の通りに面したこの席は彼女のお気に入りだった。
時々遅刻してくるオレを待つときに、彼女はこの席で頬杖を着いて、慌てて駆けてくるオレを見ていた。
互いに見つけたとき、ガラス越しに目が合う瞬間が好きだった。
彼女と二人で見ていた景色を今日は一人で見ている。
眺めていた窓の外をおかしな二人連れが通り過ぎて行く。一人の背中に風船が浮いているのだ。どうやら、コートの紐に結んであるらしい。
変なやつらだな。さすがクリスマスだ。
去年のクリスマスもここで、ケーキとコーヒーを頼み時間を潰してから、近所の並木道を飾ったイルミネーションを見に行ったんだった。
そんな事を思い出す。
下唇をかみ締めゆっくりと瞳を閉じてから、カップに口をつけた。
目の前の彼女は笑顔ではなく泣き顔だった。
「そうだ、逸貴くん。冬休み、暇ならバイトしない?」
「え?」
どれくらい、窓の外を見ていたのかわからないだが、突然マスターに話しかけられる。
気づけば太陽はすっかり沈んでいた。
どこか遠くへ行っていた視線を店の奥へと移す。
「一人くらい欲しいなって思ってるんだ。募集するほどではないんだけど」
「あ、じゃあマスター。俺やりますよ、俺」
「キミにまかせると、店が潰れそうだ」
「ひどいなぁ」
「僕は逸貴くんに来て欲しいんだよ」
「私もイツくんみたいな子いたら毎日通っちゃう」
「キミはもう、毎日来てるだろう?」
「あれぇ?」
「考えておきます。ご馳走様でした」
カウンターに100円玉を3枚置くとレジの横に置かれた色のついた瓶が目に止まる。
彼女はいつも、これを見て「いいよね」と言っていたが何の話かまったく分からなかった。
思い出されるのは、彼女の姿。それを振り切るように、扉を開けようと手をかけた。
「逸貴くん」
後ろから呼び止めれて振り返る。
「メリークリスマス。またおいで」
軽く頭を下げて店を出た。
次に向かう場所は決まっている。
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