・*・。*『夢を配るパティシエ』・*。・*
今日は1年で一番忙しい日だ。
日の出よりも早く起きて仕込みを始める。
近所にできたイルミネーションと一緒にこの店もテレビで紹介されてしまった。それがきっかけで、店に客が来ない日はない。
だから、クリスマスケーキは予約制にした。今年一番のオススメは、好きな装飾を施したブッシュドノエル。
クリスマスプレゼントとして、サンタとトナカイのキャンドルをつけた。
店内にはクラシックのクリスマスソングを流して、気分を盛り上げる。白いワイシャツに黒いロングスカート、胸には黒いリボンタイを結ぶ。自分で決めた制服だ。
さあ、店を開けよう。
ちりりん。と少し高めの鈴の音がなる。苦労して探し出した気に入りの音のドアベル。
「いらっしゃいませ!」
「やあ、おはよう」
一番にやってきたのは、隣の喫茶店のマスターだ。
「あ、おはようございます。マスター」
「頼んでたものをとりにきたよ」
「ええ、ちゃんと作っておきました。プチブッシュドノエル。去年とはまた違ったこだわりを入れてみました。ちょっと、待ててください。取ってきますね」
「ああ、ありがとう」
彼は言わば先輩だ。私がこの場所に店を開くと決めた時、彼がいろいろと世話を焼いてくれたのだ。
オープンして一番にケーキを買ってくれたのも彼だった。それ以来、彼の店でもウチのケーキを出している。
私にケーキ作りのすべてを教えてくれたのは、マスターに似た雰囲気を持つ祖父だった。小さい頃は毎日彼のところに通い、お菓子作りを教わっていた。
私にとってこの店は祖父との約束だった。
泣き虫だった私に祖父は言っていた。
「がまんする事を知りなさい。そして、本当に泣きたい時のために涙をとっておきなさい」
それから私は泣かなくなった。
時間が経つにつれ、予約したケーキを取りに来る客が多くなる。
今日は普通のケーキも一緒に売っている。実は最後まで悩んだのだ。売れるかどうか分からないし、何より予約客だけで忙しいだろうから。
迷いに迷って、いつもの三分の一だけ作っておいた。
「こんにちは」
午後一番にやってきたのは、女性だった。
「あ、こんにちは」
彼女の事は良く覚えている。並ぶケーキを目の前に難しい顔をして立っていたから声をかけたのだ。
ケーキなんてあまり買うことがないからと話す彼女に私は今年一番のオススメケーキの説明したのだ。
散々迷って彼女はそれを予約して行った。
「今年はね、何年かぶりに主人と2人なの。去年は娘一家とすごしたから。だから、このケーキ主人も食べられるかしら?」
「え?」
「あの人甘いものがあまり得意で無いのよ」
私は、基本的にこの店のケーキは甘さを押さえてあると説明した。彼女は笑顔を見せる。
「じゃあ、今年は素敵な夜になりそうですね」
「どうかしらね?あの人、何も考えて無いから。娘はプレゼントをくれたけど、あの人からは期待できないし」
否定的な事を言っているが、彼女の態度からは喜びが感じられる。
素敵な夫婦だ。私もいつかは・・・。
「わからないですよ?最近の男性の方は意外に。ドライアイスはおつけしますか?」
「あ、大丈夫。すぐそこだから。そうかしらねぇ?」
「ええ。こないでも男性の方が同じケーキを予約していきましたから」
「あら?これを?」
「はい」
「いい方ね。奥様が羨ましいわ」
「お子様のためだと言ってましたよ?妻が現実主義なんですって笑って言いながら」
「なんだかどっかで聞いた事あるような夫婦だわ」
彼女は考え込むような仕草をし、しばらく黙り込む。
「お待たせいたしました」
彼女はケーキを受け取り大事そうに抱えて店を出て行った。
そんな彼女を見ていると、自然と顔が緩むのが分かる。
それから、夕方まで休む間もなく客が来る。
辛い時に涙を流していいんだと言ったのも祖父だった。彼が褒めてくれ、怒ってくれたことが私の中で積み重なって今に役立っている。彼ができなかった事を私がやるのが目標だ。
日が沈みかけた頃、一人の男性がやってきた。
彼の事も覚えている。少しだけした会話の中で、子どもためにケーキを買うこと、そして自分は小説家なんだと言っていた。
手にはすでに大きな荷物を持っている。子どもへのプレゼントだろうか?
「いっらしゃいませ」
「これを」
予約用紙を受け取り、名前と品物を確認する。
「はい。少々おまちくださいね」
冷蔵庫から取り出したケーキをクリスマスらしくラッピングする。これも、こだわりの一つだ。
「この店いいよね」
彼が独り言のような会話を始める。
「雰囲気が好きだ。店の名前も僕好みなんだ。いつか、舞台の一つとして使ってもいいかな?」
「ありがとうございます。ええ、ぜひ。使ってやってください」
「ありがとう。ケーキの感想もそこへ書いておこう」
「楽しみに待ってますね。お待たせいたしました」
彼がドアをくぐってからしばらくすると不思議な二人組みがやってきた。
彼らが今日最後の客だ。
「こんちわーっす!ってぇ」
「だから、声がでかいんだよお前は」
後から入ってきた子に、頭を叩かれた彼は何故か背中に風船をつけいる。
「叩く事ないだろ?え~っと、オレ紙どこやったっけ?」
「あの、いらっしゃいませ」
思わず彼らのやり取りを眺めていたが、自分のやるべき事を思い出す。声をかけるが、彼らには聞こえていないようだ。
風船をつけた子がコートのポケット探り慌て始める。
「え~っと。紙、かみ・・・」
「あ、すみません。これ、お願いします」
「はい。お預かりします。少し待っててください」
落ち着いた感じの子はやはりイメージどおりの話し方だ。慌てる彼を他所に、一人マイペースに行動する。
「おまたせしました」
「あ、ありがとうございます」
いくつかのやり取りの末彼はペコリと頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございます。良いクリスマスの夜を・・・メリークリスマス!」
風船をつけた彼が元気な笑顔で去ってゆく。
「お姉さんもね!メリークリスマス」
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