読めなかった手紙 5
本当ならば店の営業時間は午前10~午後10時まで。
決まってはいるが、基本はマスターの気分次第だ。オープンする時間が変わる事は少ないがクローズの時間にはかなり差がある。
それも、常連客のあの3人に左右されることが多いが、ダレもいなくとも夜遅くまで開いている事もあるらしい。
「それじゃあ、テーブルを全部綺麗にしてもらっていいかい?」
「はい」
「それが、終わったらモップかけて。やることは朝と一緒だから」
マスターが3人が使った食器を綺麗にしている間、オレは掃除に取り掛かる。
それほど広くない店内の掃除は、棚に置かれた瓶を綺麗にする事を含めても30分もかからない。
だからこそ、開店当初の綺麗さを保っているのだろう。
「逸貴くん。夕飯、一緒にどうだい?」
「え?いや、いいっすよ。昼も頂いちゃいましたし」
昼は、あの2人と共に食べている。
賄だと言われて出されたので、ありがたく頂いておいたが、夕飯まではお世話になれない。
「一人で食べるのは寂しいもんでさ」
らしくない沈んだ声で言うマスターの顔は心なしか笑顔だ。
オレが断れない事を知っていると言うことだろう。
「分かりました。じゃあ、オレも作るの手伝います」
「おや、逸貴くん。料理できるのかい?」
「・・・・・・・。手伝うくらいなら・・・」
詩望は料理が苦手だと言っていた。いつだったか、食べた事があったのだが、それはお世辞にも美味しいと言えるものではなかった。後で聞いてみると調味料の量を見間違えていたらしい。
マスターの指示通りに野菜を刻んでゆくが、何が出来上がるのかは想像がつかない。
家では見たことない料理なのかもしれない。
「何を作るんすか?」
「それは出来てからのお楽しみ」
店は掃除を済ませてしまったので、自然と食事をする場所は事務所になった。
「そうだ。逸貴くん」
「はぃ?」
食べ終わって、いつもの癖で手を合わせているとこで名を呼ばれ、不自然に声が裏返る。
「レジ横の瓶の中身を抜いてきてもらっていいかい?」
「分かりました」
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