さくらの便り 22
坂を上がってすぐの場所にシンの用事があった。
『先祖代々の墓』と刻まれた墓の前に立ち、シンがクギから花を受け取ると
枯れてしまった花を抜き取り新しい花を丁寧に供える。
「だれさんの墓?」
そんなシンの様子を見ながらクギが少しおどけた様子で尋ねた。
「森家の墓」
「森?」
って誰?というのは声に出さずにクギを見る。
当然だが彼が知る筈がない。
クギの視線はシンに固定されたままだ。
自然と落ちる沈黙。
「…沙波、森沙波の父親の墓」
「あー、あの子」
クギが大げさに納得するのを横目に自分の記憶を手繰り寄せた。
フルネームを聞いて思い出す。確か、シンの幼馴染だ。
学校で2人が話しているのを何度か見かけたことがあった。
「お彼岸に、森と森の母親で墓参りに来た」
シンがコンビニの袋から線香と新聞を取り出し火をつける。
新聞の存在が気になったが今は口を挟んではいけない気がした。
火をつけるためだけに買ったのならそれは相当高い火種って事になる。
「その時に、桜の木の場所に寄った。昔、遊具が幾つか置いてあって
よく遊んだのが懐かしくて。久しぶりに見に行きたいって言われて」
どこか不自然なシンの言葉。
さきほど話してくれた落着きっぷりはどこかへ消えてしまっている。
自身のことは喋りたくないのと、面倒臭さとが相まってそんな風になってしまっているのかもしれない。
「あいつの父親が生きてる頃からよく墓参りに来てたんだ。…ちゃんと考えてやれば良かった。
2人とも思い出したのか泣き出してな。特に母親は取り乱して大変だった。
その時、住職とその弟に世話になったんだ」
「シン、省略しすぎ」
「うるさい」
「あれ?でもシンの家この辺じゃないよね?」
「ああ、森の一族がここにいるからその関係で」
筋が通るようで通らない説明。
故に示し合わせたように全員が黙り込む。
「…その当時、うちの両親勘当されてたんだよ。で、形だけでも墓参りというものを経験しとけって言われて」
「あれ?シンから想像もつかない両親像が…」
「おら、日が暮れる前に次行くぞ」
クギの言葉を軽くスル―し、一人先へ行こうと歩き出す。
よし、今年の目標はシンの家にお邪魔することだ。
ちなみにクギの妹とやらには何度か会ったことがある。
やたらと押しの強い娘さんでクギの苦労が目に見えた。
シンに続いて、先ほど見つけた墓へとたどり着く。
『本貴家の墓』と刻まれた墓石の側面に
サクの名前と死んだ歳などが刻まれている。
15歳
その数字を見てなんとも言えない気分になる。
生きていたなら彼は20歳を迎えていて…。
「葬式…終わってるんですよね」
当り前の事だが、親しい人の最後に立ち会えなかった事を確認せずにはいられなかった。
「実はね、納骨はこれからなんだ」
はたとここで気がつく。
骨壷はどこへ行ったんだ?
「シン!骨壷は!?」
焦って、花を活けているシンに問いかける。
彼は花から手を放し、呆れたような視線をおれに向けた。
「なぜ、それを俺に聞くんだよ」
「いや、シンなら知ってると思って…」
「大丈夫だよ、蒼くん。それなら私が住職に預けてある」
「え?あ、ホントですか。安心しました」
記憶を辿ってみるが、いつどこでシンが手放していたかが分からない。
「俺達が墓を探しに行く時、元に戻していっただろ?その間にだ」
彼に言われて、もう一度己の記憶と対峙する。
そういえば、和武さんが来た時点でシンは骨壷を桜の根元に置いていた。
もちろん、ちゃっかり手紙を抜いた状態で。
「それでなんだけど、君たちも一緒に居てほしいんだ」
「え?俺たちもですか?」
おれが声を発するよりも先にシンが疑問の声を出す。
「ああ、嫌じゃなければでいいんだが」
「いいじゃん、シン。断る理由もないし。な?ソウ」
それまで線香に火をつけていたクギが立ちあがり皆に線香を配りながら突然の提案を受け入れた。
「そりゃー」
「いつなんですか?」
仕方ないといった空気を滲ませたシンが訪ねる。
「明日にでもと考えていたんだが、君たちの都合が悪ければ
他の日でも構わない。合わせるよ」
「明日も午後から暇ですよ」
今週末まではずっと学校は半ドンだ。
しかも3時間しかないから昼前には解放になる。
「んじゃ、決まり。また明日この場所で」
なぜかクギが場を締める。
火のついた線香をそれぞれが握ったままだったので、それを置いてゆくのを忘れない。
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