さくらの便り 21
「まさか寝てるとは思わなかったな」
「…なっ!?」
シンのいつもより低温な声と同時に何かが顔の上に降ってきた。
「な、な何??」
慌てて起き上がるとそれは降ってきたのではなく
ただ目の前に振り下ろされただけなのだと分かった。
「おはよう、ソウ。気分はどうだい?」
笑顔全開のクギがおれを見下ろしていた。
そんなクギの手の中には花束が握られている。
たった今、自分の顔の前にあったのはこれだ。
ほんの短い時間だけ伏せていただけなのに、どうやら結構な時間が過ぎていたらしい。
しかし、彼らの足音にすら気がつかなかったのだから
本当に寝ていたのかもしれない。
目の前には花束を肩に担ぐクギ、そこから少し離れた場所にコンビニの袋を提げたシン
建物には入らずに、入り口近くにサクの親父さんが立っていた。
あれ?
「コンビニ?」
「ずるいとか言うなよ。ちゃんとお前に買ってきてやったから」
そう言ってシンが袋から取り出したのは紙パックのオレンジジュース。
100%のおれの好きなメーカーのやつだ。
「ありがとう…じゃなくて。何でコンビニ?」
投げられたそれを両手でキャッチしながらシンを見やる。
「うお!バカ、それ投げてよこすな!」
続いてシンが取り出したのはペットボトル。
それをクギにむかって放り投げる。
彼の反応をからしてどうやら中身は炭酸らしい。
「何でってなんで?」
自分の分らしいペットボトルの蓋を開けながら
彼は不思議そうな顔しておれを見る。
「だって、ここにも線香と花売ってるだろ?」
「へぇ~。良く知ってんじゃん」
ニヤリという表現がぴったりくるシンの笑顔。
手紙と写真を封筒に戻し立ち上がる。
ブレザーのポケットに仕舞いながらシンの横へ。
「そりゃあ、墓参りぐらいならおれだってしたことあるからな」
その時に、線香を持ってくるのを忘れてやって来てしまったときや、
花が足らなかった時に買いに行ったことがあった。
「嫌いなんだよ。あれ」
「嫌い?」
「ここで売ってる線香、安いやつで火の回りが早いんだ。持ってるとあっという間に燃える。
それだけならまだしも、持ってる間も火が付きっぱなしでね。しかも煙の量が半端じゃない」
聖火ランナーじゃないっての。
小さな声でそう付け足すシン。
ぼやく姿をあまり見ないのでなんだか新鮮だ。
その様子から見るに相当嫌いらしい。
確かに自分にもそれは覚えがある。
あれはかなり大変だった。
何をしても火が消えないんだ、シンの一家はきっと冷静そのものなんだろうが
我が一族は揃ってプチパニックだ。
「行くぞ、早くしないと日が落ちる」
「それは嫌かも」
先を行くシンを慌てて追いかける。
外にはいつ間に出たのかクギがいて、ペットボトル片手に騒いでいた。
どうやら、蓋を開けた時に中身が噴き出したらしい。
分かっていてやっているのだから変なヤツだ。
「先に寄っていいか?」
「え?どこに?」
「個人的な用事」
「ああ、構わないけど」
先に行っておくと言ってなかったっけか?
「時間がないなと思ってな。先にお前を迎えに来た」
先ほどと同じ道のりで墓地へと向かう。
途中、シンが自然な動作で水を用意したのをおれが慌てて奪い取った。
何かしら持っていないと落ち着かないし、これ以上シンに何かしてもらうわけにはいかないと思っての行動。
まあ前者の理由の方が大きいが。
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