父さんは
もう帰ってこない。
あの日の朝ボクは父さんと約束した。
帰ってきたら一緒にゲームやろうって。
ちょうど、その日に発売するゲームがあって
父さんが買ってきてくれるって言ったから。
じゃあ、一緒にやろうって言ったんだ。
だから、父さんは絶対に早く帰ってくるからって約束してくれた。
だけど、そんな日に限って
父さんが使ってる電車が止まって動かなくなって。
早く帰れそうもないって気づいたからタクシーを拾ったんだ。
それが、最悪の選択だった。
父さんの乗ったタクシーは
家を間近にした交差点で大きなトラックと正面衝突した。
タクシーの運転士さんは即死だった。
警察から電話があって
母さんが何も言わずにボクを連れて病院に向かった。
そのとき父さんは苦しそうに息しながらも笑ってた。
母さんに向かって「すまない」って。
涙堪えてるボクを呼んで
血がついた手でボクの頭なでて
「ごめんな。母さんを守ってやってくれ」って言ったんだ。
父さん、最期まで笑ってた。
いっぱい怪我してて痛いはずなのに。
笑ってたんだ。
トラックの運転士さんの奥さんが泣きながら
母さんとタクシーの運転士さんの奥さんに何か言ってた。
母さんは何も言わずに、ただ泣きながら彼女を見てた。
怖いぐらいに冷たい目で。
ボクはそれを見てて気がついたんだ。
ボクが約束しなきゃ、父さんは事故になんてあわなかった。
こんなにたくさんの人を悲しめないで済んだんだ。
約束してなきゃ、タクシーに乗らなかった。
タクシーに乗らなければ
運転士さんは違うお客さんを乗せて違うところへ行くから
事故が起こることもなかった。
だから、ボクのせいなんだ。
悪いのはボクなんだ。
ボクが、父さんを殺した。
タクシーの運転士さんを殺したんだ。
泣けなかった。
泣きたいのに、涙が出てこなかった。
父さんの最期の笑顔だけが浮かんで。
母さんが静かに泣く姿が浮かんで。
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