『かなた、誕生日おめでとう。
仕事を理由に家に帰ることが少なく、会うことすら減ってしまい父親失格だと思い、こんなものを用意してみた。決して母さんに言われたからではないぞ?
父さんが二十歳の誕生日に貰ったのが、名前の入った万年筆だった。お前にはまだ早いかもしれないが、他に思いつくものがなかったんだ。
夕食を一緒に食べたいと言い出したのは実は、祖父さんなんだ。絶対に言うなと言われたけど、お前が、嫌われてると思い込んでると母さんから聞いたから。
だから、ひとつだけ言っておく。
祖父さんはお前の事を嫌ってなんかいない。息子が言ってるんだ。間違いないぞ。
満足に会話もしたことが無いかもしれないが、それは父さんも一緒だ。もっと大人になれば、きっとあの人の良さが分かるだろう。
父さんも最近やっとあの人が分かるようになったんだ。』
見えていなかったもの。気づいていなかったもの。自分が知っていたのはほんの小さな世界にすぎない。
いつも困ったような笑顔を浮かべていた父さんが甦る。固定されていた記憶とは違う父さんの記憶。
『もう一つプレゼントがある。それが、この家だ。
見かけは古いが直せば立派な家になるだろう。ずっと前に一度だけお前に聞いたんだ。
「何か欲しいものは?」と。そしたら、お前はこう答えた。「ママのために、大きなお城がほしい!」って。覚えてるか?覚えてるわけ無いか。父さんはそれをずっと覚えてた。だから、お前と母さんのために用意してみた。今の父さんにはこれしかできない。何もお前の事を知らない父さんを許して欲しい。これから、たくさん会話をするために、書庫には好きな本を用意した。どれか一つでもお前の好みのもがみつかればいい。それについて語り合えればいい。人生まだまだこれからだ。お前の話しを一つでも多く聞く事ができれば、それで父さんの人生に悔いは残らない。
だから、かなた。
これからもよろしく。
父より』
変な手紙だ。きっと、会社の書類しか書いた事ないんだろう。
この手紙をいつどこで、どのタイミングで渡す予定でいたのだろうか?
こみ上げてくるもの必死で抑える。
呼吸すらもままならないこの感情を何と呼べばいい?
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