壱。
蝉の声が五月蠅いくらいに響き渡り体感温度を上昇させる。
あたりには日陰なんてものは存在しない。
ついでに言えば、眼下に見える町には心なしか陽炎まで見えている。
「暑い」
短く呟いた自分の言葉が耳に届くと、また1℃体温が上昇した気がするのは気のせいだとしても、このうだるような暑さは決して気のせいではない。
ここへやってきた時に配られた、冷たいペットボトルのお茶は今では中途半端な温度になってしまい口に含む気さえおきない。
天気予報では、今年一番の暑さになるだろうと言っていた。
見なければ良かったそんなもの。
そんな風に思ってももう遅い。
余計な情報が、気分の悪さに拍車をかける。
時折吹いてくる風が、僕の意識を保たせる唯一の救いだ。
ここへは好きでやって来たわけではない。僕の立てた予定では、今頃は冷房をかけなくても涼しい部屋で読みかけの本を読んでるはずだった。
「知らなかったよ」
「何が?」
わずかに聞こえてくる音に黙って耳を澄ませている人物に声をかける。
「お前の趣味が寺めぐりだったなんて」
「ん~、気づいたら?」
そんな言葉に、僕は思わず眉根を寄せた。
ここ数日、僕は彼によって色んな寺につき合わされている。
「何が?」
言葉は同じでも、僕が口にするとだいぶニュアンスが異なる。
「それに、寺っていうよりは墓めぐりだな」
遠くの空に見える積乱雲に視線を定めたままの永夜が静かに、そしてどこか淋しそうにそんな事を言う。
「気づくとさ、行きたいと思う場所が増えてたんだ」
それは、今までに彼が出会って別れた人間を指すということにすぐに気がついた。
暑さを誤魔化せればと始めた会話は、あまりいい方向には進まない。
周りでは、年配の方々がさきほどの永夜と同じように耳を澄ませている。
そんな、おじいちゃんやおばあちゃんに連れられてきたのか、小さな子どもたちが少し離れたところで遊んでいた。
ダレも僕らの会話に耳を傾ける人間はいないだろう。
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