重い足取りで、暗いリビングへと向かう。開け放された扉を、一つ一つ確認しながら閉めてゆく。その度に、胸の痛みが増してくるのは気づかない事にしたくて、歩くことだけに集中した。
薄暗いリビングにはやはりだれもおらず、ただ、窓から入ってくる秋風にカーテンが揺れているだけだった。
「え?風?」
まさかと思い、慌てて窓に近づく。
そして、一気にカーテンを開いた。
驚きの表情で振り返った永夜と目が合う。
「・・・・よ!おはよう。」
少しだけ開いていた窓を、全開しながら元気良く朝の挨拶をするが、僕の頭の中は真っ白だ。
「・・・・・・。」
彼の顔を見たまま、僕は静止する。正直何の言葉も浮かばない。
「どうした?」
そんな僕に疑問に思ったのか、彼は不思議そうな声と表情で尋ねてきた。
「・・・・。何やってんだよ、お前。」
彼の言葉を完全に無視をして自分の疑問をぶつける。
「え?何って、光合成?」
「お前はいつから、植物になったんだ?」
日当たり抜群のベランダで、彼は日向ぼっこをしていたらしい。
「ん~、酸素は出せないけど、太陽は大切なエネルギー源だぞ。」
「あ、そ。」
言い切ると窓を閉める。鍵に手をかけるが一瞬考えて閉めるのをやめておく。部屋の中を振り返ると、先ほどまでの暗さが嘘のように明るく見えた。
「昼食べて、出かけるか。」
自然と頬が緩むのがわかる。否定したくても否定できない、けれど、理由のわからない喜び。
後ろではなにやら騒いでいるが気にしないで置こう。
鍵は閉めたフリをしただけで閉まってはいない。白いレースのカーテンだけを閉めて僕はキッチンへと進んだ。
特徴のない家々が並ぶ景色は、自分がどこに居るのかを非常に分かりにくくする。
「お前に任せた俺が馬鹿だったんだ。」
「・・・・。オレのせいじゃないからな。」
「そうだな。お前を信じた俺のせいだ。」
「だから!あ~もう!こんな、いつのだかわかんない地図頼りに歩いたのが間違いだったんだってば。」
「それを言っても、任せろと言ったのはどこの馬鹿だ?」
「オレ?」
「だったよな?」
「はい。そうです。」
永夜の手の中にある地図を奪い取り、周りと見比べる。少しでも一致するモノがあれば、現在地が把握できるのだが・・・。
「昔から変わらないものって何だと思う?」
「番地とか・・・?」
何年前かも良く分からない地図上の町と、現在自分たちがいる町とでは、様々なものが変わっていた。
それを、気にも留めない永夜に先導を任せたのがいけなかった。
「だって、斉藤さん家が井上さん家になってても、番地はか変わらないだろ?」
「それは、変わらないな。確かに。」
「だから、表札は気にしてなかったのに。」
「だったら何で迷ったんだよ?」
「だって、あるはずのわき道に篠崎さん家ができてて、ないはずの大きな道路ができてれば、誰だって迷う!」
彼の言葉を聞き流しながら、僕は電信柱に書かれた番地と、地図上の番地を見比べる。
「線路の向こうだな。」
「え?うそ?今どこになってんの?」
地図の中に線路は存在しない。
永夜が地図を覗き込んでくる。
「ここだろ?」
「マジ?オレここだと思ってた。」
「通りで。」
迷うはずだ。
最後の言葉は自らの中に飲み込んでおく。彼がいると思っていた場所は、地図上では、目的地に近い場所。しかし、現実では、目的地とはまったく逆の位置にいた。
PR