「自慢じゃないけど、オレ、今まで生きてきて後悔したことがない。ダレに何と言われようと、その時のオレがそう判断するのが一番いいと考えたのなら、そうに決まってる。」
彼の中にある絶対的な考え方はどこから産まれてきているのだろうか?
「せかっく生きてるんだ。ムダにはしたくないだろう?」
突然同意を求められ、僕はとりあえず頷いておく。
「な?絶対にムダにしたくない。だから、オレはいつもそうやって、全力で生きてきたんだ。誰にも否定されない考えをオレは持ってるつもりだ。」
満足げに頷いてから、視線だけで僕に何かを問うてくる。
「お前みたいな考え方は、お前にしかできない。だから、俺は俺に出来る範囲で生きていくよ。」
どこか投げやりな答え。だけど、正論だと思う。けれど、永夜は納得しない。
「だから、それは誰が決めたんだ?オレにできてお前にできない?やろうとしないの間違いだろう?」
挑発的な彼の言葉に僕の中で、何かが変わる。
「あのな、世の中お前みたい、何でもかんでも割り切って生きていける奴らばかりじゃないんだよ。人にはそれぞれ、出来る事と出来ない事があって、その中でどうやって生きて行こうかって必死で考えてんだよ。」
「だけど、お前の場合違うだろ?なんで、狭い範囲で生きていこうとするんだよ?しかも、考えなくてもいいことばかり考えて、考えなくちゃいけない事考えないで。それで、壁にぶつかって見えないふり。」
ニヤリと嫌な表情を作り視線を合わせてくる。
「何がいいたい?」
「別に。細かい事でいちいち悩んで、考えた事全部否定して、お前の中には何が残ってるんだ?そん中に、誰に否定されても、保ち続けられる考えが一つでも存在するか?」
「・・・・・・・・。」
悔しいが何も反論できなかった。
結局僕の中には何も存在しない。
見えるものも、見ないものも全部否定して、ただ毎日が過ぎて行くのを見ていただけだ。彼のように、固定された何かがあるわけじゃない。
「じゃあ、お前は何でなったんだ?」
僕の言葉を聞いた永夜が表情を曇らせ、怪訝な顔をする。
「そんな、立派な生き方してるんなら、普通に過ごしてるだけで充分だろ?何でなったんだ。」
“何に”とはあえて口にしなかった。
「それは・・・・・・・。」
何故か彼は、黙り込む。下唇をかみ締め、何かを言いかけたが言葉になる事はなかった。しかし、僕とは違い視線をそらそうとはしない。
「言えないのかよ。」
負ける訳にはいかない。そんな風に思い、彼の目を睨みつける。ここで聞いておかなければ、二度と聞けない気がした。
「言えないわけじゃない。」
「俺のことはもういい。長い事、コレで生きてきたんだ。そう簡単に考え方を変えることなんてできないんだ。お前だって言ったろう?そのマイナス思考は死んでも直らないって。だけど、何もずっと、このままでいようとは思わない。」
力強く言い切り、ニヤリと笑ってみせる。もちろん、視線を外さずに。
「分かった。話すよ。ただし、向こうで。」
彼はそう言いながら、リビングを指差し、一人先に歩き始める。
「あ、おい。待てって。」
僕は慌ててその後を追いかける。廊下に出たところで窓が開きっぱなしになってる事を思い出し、部屋の中へ戻った。
部屋をぐるりと見回して、頭によぎったことをそのまま口にする。
「何考えてるのかさっぱり分からないな。」
父さんへなのか、永夜へなのか分からない独り言。
窓に手をかけ、なんとなく外を眺める。
「寒っ。」
冷たい風を浴びて、慌てて窓を閉めカーテンを閉じた。
鍵と地図の入った封筒、そして動き続ける時計を持って僕は部屋を出る。もちろん、部屋の鍵を掛けることも忘れない。
永夜の後を追って部屋に入り、最初にやったことはキッチンにいって紅茶を入れることだった。
温めたカップに充分に色のついた紅茶を注ぎ、盆にのせ彼の元まで運んでゆく。
「ども。」
小さな声で礼を言ってから、永夜はカップを手に取った。
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