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「こんなところにいるのか?」
「お、その言い方はなんだか分かったな」
「そりゃあ」
「去年見たんだよ。だから今年もいる」
「一応聞くが、どこまで入るんだ?」
「そんな奥じゃないからご心配なく~」
わざと道から外れ、雑草の中を突き進む。
道路の街灯がどうにか届いているがそれもすぐになくなるだろう。
足元を見ずに永夜を信じて前へと進む。
見ていてもただの暗闇で逆に恐怖を感じるのであえて見ない。
「初めて見るかも」
ポツリと、会話をしようと思ったわけでもないが、そんな風に呟いた。
「そうなん?」
それを当然のように彼は拾う。
「見ようと思ったこともない」
「まあ、確かに。らしいっちゃらしいけど」
「なんだよ、らしいって」
「だって、かなた。完全なインドア派じゃん」
普段の自分を想像して、確かにその通りなので返す言葉もない。
「オレが誘わないと、部屋で本読んでるか、料理してるか、掃除してるかでしょ?」
「いいだろ、別に。やりたくてやってるんだ」
「まあ、問題はないけどさ。たまにはいいじゃん」
「俺はお前は出かけすぎだと思うけど」
「つまり?」
「たまには、家事をやれ」
「ははは、気が向いたらね~」
「ったく」
「あ、かなた。し~っ!」
急に黙れと言われて思わず立ち止まる。
気がつけばあたりはシーンとしていて、車の音などの雑音が聞こえない。
しかし、耳を澄ませば水音が聞こえる。
近くに小さな川があるらしい。
「かなた」
小さな声で名前を呼ばれ、彼に視線を向けると小さく手招きしている。
僕が動き出したのを確認すると、彼はその場にしゃがみこんだ。
「な、言っただろ」
小さな光があちこちに飛び交っている。
星のようだけどまったく違う。自ら光るなんて考えるとすごいなと素直に思う。
「蛍って、蝉と似てるんだ」
「え?」
永夜の声に我に返る。
「1年かけて成虫になって、こうして飛んで光ってるのはほんの2週間くらいなんだ」
「コケの上に卵産んで、孵化したら水の中で生きる。それから土の中に戻って成虫になるんだ。生まれてから死ぬまでずーっとこの場所で過ごす」
何を考えているのかなんて分かるはずもない。
けれど、ただ蛍について話しているという感じはしない。
「せっかくだから問題。ああやって光ってるのは、オスかメスか?」
しばらく二人して黙っていたが、何か思いついたように永夜が喋りだす。
もちろん蛍が逃げないように小さな声で。
「オスじゃないのか?」
メスを呼ぶために光ってると聞いたことがあった気がした。
「ハズレ。正解は両方」
「それ、反則」
「んなこと無いって。オスのほうが光が強いけど、メスも光ってるんだよ。ほら、飛び回ってるのがオスで、下の葉っぱの上にいるのがメス」
「何でそんなに詳しいんだよ」
「去年調べた」
「何で?」
「去年、見たときは偶々だった。もう一回見たくて、1週間後くらいに行ったらまったくいなかったんだ。その前にはあんなに飛んでたのに何でだろうって思ってね」
「へぇ」
夏の暑さの中生きてゆくのは、彼らのような小さな命には大変なことなのだろう。
だから、精一杯短い命を次の命へと繋ぐために、全力で生きてる。
例えようのない重みが胸の中に生まれ、自分たちの存在ついて嫌でも考えさせられる。
彼らは自分のためにではなく、次のために生きている。
「なんかさ、真似できないよね」
「そういうレベルの話じゃないだろ?」
「そう?オレらは、自分のために、自分が、って生きてるのにさ」
「俺達にはもう無理な話だろう?先がダメなら周りのためにとか」
「うわ、なんからしくない言葉」
「お前に言われたくはない」