「説明できないならそれでいい」
過去にそんな曖昧な依頼もこなした事がある。
シュタの視線が俺へと向く。
「せめて、なぜ言えないのか教えてほしい」
彼の目を見て、ゆっくりと言葉を紡いだ。
たとえば、王家に関する仕事内容だからとか説明されれば、俺はこれ以上追及しようとは思わない。ただ彼の命に従うだけだ。
シュタの視線は相変わらず、どこかへ逃げている。こんな、訳の分からない状態の中に好き好んでいようとは思わない。小さく息を吐き出すと、部屋の空気が再び張り詰めた。
「一つだけ分かってる事があるじゃん」
しかし、それはすぐに壊された。傍観者を決め込んでいたレイスが、突然己に注目せよと言うように言葉を発する。自然と、二人の視線はレイスへと向いた。
レイスはそれを確認するように、おれとシュタを順番に見る。
「理事長に利用されてるって事。二人ともね。あ~、そうするとおれもかなぁ」
暢気な口調でレイスは言うが、内容はそんな暢気なものではない。
知りたくもない事実にぶつかり一瞬思考が停止する。
なぜ、その事に気づかなかったんだ。
感情は一気に怒りへと切り替わる。あの、ムカツク訳知り顔をした理事が頭に浮かんだ。シュタはとっくに気づいていたらしく、曖昧な笑みを浮かべて、ただ黙っているだけだ。
抑えきれない感情は近場にあった椅子に向けられる。
「くそッ!」
「アキ!」
シュタが名を呼ぶのと、自分の行動はほとんど同時だった。彼に動きを読まれていたらしい。
椅子は綺麗に宙へと浮かび上がりそのまま停止する。
不思議に思い椅子から視線を剥がして、そのまま下へ降ろすと見たくないものが目に入った。
すっと怒りが収まるのが、嫌というほどよく分かった。
「しまった」と思ってももう遅い。
「アキシェ、器物破損は歓迎できないな」
ニッコリと嫌な笑みを浮かべたレイスが腕を掲げている。
「あ、悪い」
反射的に謝罪の言葉が出たが彼の表情は変わらない。
「軽率だった。以後気をつける」
「ん。分かってくれればいいよ」
レイスの表情が変わり、自分の中にあった変な緊張が解けた。
「でもさ、おれ止めるの出来ても、降ろすことできないんだよね」
彼は困った笑みを浮かべそんなことを言う。
「は?」
レイスの言葉をうまく理解できずに思わずおかしな声がでてしまった。
「だから、動き止めるのと、ものを飛ばすのは使う力が違うじゃん?」
「そうだね。それを降ろすとなると余計に力の加減が難しいからね。レイス、手下ろしていいよ」
シュタが説明しならが、レイスから椅子を受け取る。受け取ると言っても、椅子には一切手を触れない。
「アキシェ?おれが魔法講習だけ受けて実習受けなかった理由わかったでしょ?」
「苦手だって言ってた意味がよく分かった」
要するに、出来ることと出来ないことの差が激しいのだ、彼は。
「分かったから、話を戻そう。いつもそうだ。お前らと会話すると気づくとまったく違う話をしている。肝心な話が進まないのは誰のせいだ」
俺の言葉を聞いたシュタとレイスが互いの顔を見合ってからそ知らぬ顔をしている。
二人とも、自覚はあったらしい。なおさら性質が悪い。先へ進まないのなら強引にでも進めるしかない。
考えるよりも動け。
時には命に関わる問題をも解決できる、常に頭に浮かんでいる言葉。
単に直感を信じているという事なのだが、これが意外に当たるのだ。
「アキ?」
「アキシェ?どこ行くの?」
二人の言葉を無視して俺は歩き出す。
どもうおかしいと思っていたんだ。何でもっと早く気づく事が出来なかったのか。己の出来の悪さには嫌気がさす。部屋を出て、そのまま階段を駆け下りる。
「アキシェ!」
慌てて追いかけてくるのはレイスだ。シュタは、成り行きでついて来ているといった感じでレイスの後を追っている。
下りて来た勢いで階段途中に存在する結界付きの門を飛び越え、残りの階段も飛び越した。
入るときには不可能な動きだが、出る分には問題ない。
4階に下り立ち、レイスに向き直る。彼は丁寧に門を開いていた。
諦めるのが早すぎないだろうか?
「アキシェ?」
「聞きたいことがある」
階段途中に止まる彼に問いかける。
「何?」
「なぜ、生徒が誰もいないんだ?」
「誰もいない?」
俺の言葉を繰り返したのはシュタだ。
「なんだ、お前も気づいてたんじゃのか?」
「まさか。僕にはドアの向こうに人がいるかどうか判断できるほどの能力はないよ」
「じゃあ…」
という言葉だけで、その続きが出てこない。聞きたい事はあるのだが、どう言葉にしたらいいのか分からないのだ。
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