「夏といえば?」
「は?」
梅雨に入りジメッとした暑さにイライラし始めるこの時期。
雨が降る日は、気温が下がり過ごしやすいが、涼しすぎる日もある。一旦晴れると気温は上昇する。下手をすると前日との気温差が10度以上。
そんな、様変わりする天気にも腹が立つ。
そんな中、彼の突発的な言葉は僕の感情を逆撫でることしかしない。
「何?機嫌悪いの?オレ、なんかした?」
たった一言でも何かを読み取ったらしい。
尋ねてくるが生憎それが、無性に腹が立つ。
「別に、それより。何だよ、夏といえばって」
「あ~っと…」
何かくだらない事を言おうとしていたのだろう。僕の表情を伺い言いよどむ。
そのまま宙を睨んだまま、言葉を発さない。
「何でもないならいい。部屋にいる」
「わ!待った。あ、そうだ!かなた、散歩行こう!!」
「いってらっしゃい」
そんな言葉と共に少し微笑み、僕はその場を後にする。
しかし、負けまいと彼の声は飛んでくる。
「いや、ダメだ。今日を逃したらもうないかもしれない!」
「何が?」
廊下で足を止め彼に振り返る。
「だって、良く見ろ!外は曇って、風も無い。気温も20度以上。ましてや、天気予報では今日は雨が降らないって!これは、チャンスだ!てか、オレすごい。よく気がついた!!」
いつも以上にテンションの高い彼にはもう何を言っても無駄だ。
この辺で、諦めておかないと面倒な事になるのは経験上分かりきっている。
「分かった。付き合ってやるから、説明しろ」
「だから、かなた。夏といえば?」
「暑い」
「それ以外で」
「…海」
「あら?意外な答え…じゃなくて、他には?」
「花火」
「あ、近い!」
「祭り」
「ん~…」
「何が言いたい」
「歩きながら話そう。時間がない」
「…言っておく。無駄な事だったら許さないぞ」
「分かってますって。何年の付き合いだと思ってるのさ。オレだって無駄に思いついたりしなよ」
「お前の思いつきが、無駄じゃなかった事があったか?」
「失礼な…」
そんな事を言いながらも彼について玄関を出る。
扉を開けた瞬間、相変わらずジメッとした空気は変わらない。
それでも、夕方に降った雨のおかげで気温は下がり、思った以上に過ごしやすい。
部屋に嫌な空気が溜まっていたらしい、帰ったら空気を入れかえよう。
「それで、かなた!他には?」
「…降参」
「な、なしだろ?それは」
本気で驚いたらしい。歩いていた足を止めこちらを凝視する。
「もう、考えのめんどい」
「…じゃあ、オレも。説明しない」
「お前な…」
「まあまあ、近くなったらちゃんとするから」
そういって彼は再び歩き出す。
しかし、僕は歩き出さない。
「分かった、ヒント出そう」
軽くステップつきで振り返る。
「源氏と平家とお姫様」
「何?」
言われた言葉を頭の中で繰り返す。
日本史とか平家物語とか浮かぶがそれは絶対に違うだろう。
夏と言えばか・・・。
「あ、しまった。明かり持ってくりゃ良かった」
先を行く永夜がそんな風に言うのが聞こえる。見れば結構先を歩いていた。
ふと気になり腕時計を見ると、7時半を過ぎている。
次に空を見上げて再び歩き出した。