誰からも言葉が無い中、理事長だけがスグリの用意する食事を美味しそうだと眺めている。
「食べながら、する話ではないと?」
「まあ、そうゆう事だね」
俺の言葉に理事長は簡単に頷く。
「お腹すいてるのは事実だし、いただきます」
レイスが一言断ってから、机の上に並んだ料理に手を伸ばす。
「いただきます」
レイスに続いて俺も手を出す。
待ち合わせ場所で遅い朝ごはんを食べてから一切食事をしていないのだ。食べたくもなる。
それはシュタも同じはずだが、彼は動こうとしない。
「シュタ?つまらない意地は張らないほうが身のためだ」
「わかってる」
そういって、目の前にあったカップスープを乱暴に手に取った。
ちなみに、目の前に並べられた料理は、サンドウィッチとカップスープ、簡単に食べられるおかずが数種類だ。
食事中、何度か理事長から話題が振られたが、誰もまともな返事をしなかったために会話は成立しなかった。
自然と誰も喋らない環境の中で食後の紅茶を飲み始めたときに、理事長が唐突に口を開いた。
「とりあえず、正式に依頼しても構わないかい?アキシェルツ・ユエワート君」
フルネームで呼ばれたことに、多少の苛立ちは覚えるが、話の流れが分からない。
カップをソーサーに戻し、理事長と視線を合わせる。
「なぜ自分に?シュタではなく?」
誰もが思う疑問だろう。
「ああ、君だ。班を仕切るのは君が一番向いているからね」
「理事、それはどうゆう意味?」
黙って聞いていたシュタが口を挟む。相当不満だったらしい。
「シュタルク君。君に任せると、肝心な報告が怪しくなるからね」
理事長は一呼吸おいて、シュタの反応を見る。
シュタは図星だったらしく、不満そうな顔を切り替えて理事長を睨んでいる。
どの世界でも情報は一番武器になる。時には諸刃の剣となるがそんなのは使い手次第だ。
「私は、きちんとした報告がほしいんだ。その点では、プロと呼んでも差し支えのないアキシェルツ君が一番だ。何より、彼の経験と行動力・総合レベルは学園でトップだからね。頭がよくて魔法が得意なだけの君では勤まらない」
瞬間的に空気が凍りつく。何を考えているんだ、この男は。ここでシュタに喧嘩を売って何になる。
しかし、シュタもそこまで馬鹿ではない。レイスが横で彼の腕を咄嗟に掴んだのが効いたらしく、黙って理事長を睨んでいる。
「依頼されるのは構わないが、依頼料と成功報酬は見合った分は頂きますよ?」
後半部分を聞いてなかったように無視して、自分の中で一番気になることを問いかける。会話が進めば中身は何でも良かった。
「それは心配しなくていいよ。きちんと払おう」
「ついでに、班というのは?」
「もちろん、君とシュタルク君、レイス君。それと、必要ならスグリも連れて行くといい」
「基本、俺は一人で行動…」
「ここまで来て、それはないよ。アキ」
シュタに言葉を遮られる。そしてじっと視線を合わせられ言葉が出ない。
「分かった」
短く返事をすれば、シュタは漸く視線を動かす。なんとなく感じる気まずさから自分も視線を動かせば、レイスと目が合い何故か深く頷かれた。
しかし、元々一人で行動する気はない。シュタとレイスと共に行くのは自分の中ではすでに決定事項であった。ただ、理事長側の人間を強制的に付けられたら面倒だと思って聞いただけだ。
「じゃあ、正式に書類を書こうか」
「必要ない。何があろうと、どんな内容だろうと口頭だけで十分だ。形に残すなんて、あまりお互いのためにならないでしょう?」
「おや、なるほど。さすが、プロだと言う事だけはある」
「心配しなくても、言われたことの最低限はこなすよ」
「それはつまり、あまりごちゃごちゃ言われるのは好きじゃないって事かい?」
思わず、くすりと笑いが漏れた。
「良くお分かりで」
そういいながら席を立つ。
「アキ?」
シュタとレイスに不思議そうな顔をされ、さらには理事長には不信な顔をされる。
「一度部屋に帰る。準備がしたい」
「なるほど」
さきほど投げた小型ナイフがそのままな上に、長剣すらも持っていない。
今装備しているのは、いくつかの薬壜と細かい武器だけだ。
レイスにいたっては丸腰だろう。
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