「こんばんは。理事長」
「こんばんは。アキシェルツ君、久々の学園はどうだい?」
「最悪…ですね」
シュタを真似て敬語で喋る。普段は滅多に使わない。
「あははは、言ってくれるね。信じて貰えないかもしれないが、これでも良いほうなんだ」
「信じられませんね」
「構わないよ、普段どおりに話して」
にやりと笑う理事の顔が見えた。
「いえ、結構です。このほうが、貴方の本性を見やすいですから」
表情を変えずに相手の言葉を切り捨てる。
建物内に一歩踏み入ると、そこは明かりがまったく存在せずに闇と化していた。そんな状態でも相手の表情が見えるのは、自分の仕事柄といったところか。
「説明していただけますよね?」
「場所を移そうか?スグリ、灯りを」
「はい」
理事長の言葉に突然灯りを持ったスグリが現れる。
「アキ」
それを見たシュタがどこからともなくランプを取り出して見せた。
物質召喚魔法は基本中の基本だ。
シュタを先頭に、理事とスグリの後ろに続く。
明かりの中、改めて寮内を見回した。
自分が見知っていたのは、白を基調とした色使いの家具を集めた綺麗な場所だった。
しかし、今目の前に広がる光景は、至る所に蜘蛛の巣がかかり煤けた変わり果てた姿だった。
まるで何年も放って置いたような有様だ。
シュタはじっと前だけを見て進んでいる、前だけをというよりは理事長の背中を睨み付けているという表現のほうが正しい。
レイスは、周りの様子を伺いながら歩いている。どうやら、彼は本当に何も知らなかったらしい。
「どうぞ、こちらへ」
スグリが立ち止まり、理事長を入れてから先頭のシュタへ視線を合わせていた。
一瞬だがスグリの表情が変わる。それは、自分の目を信じるのならば恐怖を感じた表情。
「シュタ」
名を呼ぶと部屋に入ろうとせず、スグリを睨んでいたシュタが振り返る。
「後がつかえてる、早く入れ」
うまい具合に使われていたのが納得いかないのだろう。シュタはプライドが高い。
あまり、関心がないふりをするが実は相当の負けず嫌いだ。先ほどの部屋でのやりとりでも彼は一瞬感情を抑えきれずに爆発しかけた。それを押さえたのはレイスの登場だったが、あれがなければ今頃危なかっただろう。
普段は使われていることを、逆に利用して行動する彼だが、今回はそれをまた利用された。
「アキ?」
「分かってる。切り替えろ、シュタ。これからだ」
そう言って、口端を上げてみせた。
彼が言おうとしていることは良く分かった。だから、短く含みを入れて答える。
同じような笑いを浮かべて頷くシュタを確認し、続いてレイスに視線を向けると、彼は小さく声を漏らして笑っていた。
「くくく…これって、おれの期待通りの事が起こる前兆?」
「傍観者決め込むなよ?今回はお前も当事者だ」
説明さえ聞いてしまえば、主導権を握れる。
会話の中盤あたりが勝負どころだ。
入ってすぐに机を挟んで二人がけのソファーが二つあり、その奥に一人がけのソファーが存在する。
どうやら、応接室らしい。
当然一番奥に理事長が座り、入って右側にシュタ、その隣にレイス。一人反対側に自分は座る。
全員が座ったのを確認したスグリが、奥へ消えると理事長が小さく咳払いをした。
それを、聞いて全員の視線が彼に集中する。
「まずは、こんな回りくどいやり方をして済まなかった」
驚いて声が出なかった。まさか謝られるとは思ってもいなかったのだ。
「謝って頂く必要はありませんよ。理事長?僕は、説明を聞きに来たんですから」
容赦なく切り捨てるシュタに軽く微笑んで、理事長は言葉を続ける。
「実は迷っていたんだ。この問題に君達を巻き込むかどうか」
スグリが奥から戻ってくる姿が目に入る。彼が押している小さなカートには紅茶と軽食が用意されていた。
「特にシュタルク君。君はね」
「最初から僕を使っておいてそんなことを」
最後まで言い切ることのない二人の会話。紅茶の用意をするスグリの手元を見ながら聞き流す。
そういえば、シュタに会ってから一度も飲み食いしていない。
「だから、試すことにした。君たち、シュタルク君とアキシェルツ君が今日中にここにやってくるなら、任せようと」
「来なかったら?」
意識を理事長に戻し、会話に参加する。黙っていても、紅茶も食事も目の前にやってくる。だったら、会話の流れに集中すべきだろう。
そう思い、会話の流れを作る役を買って出た。
「全力でこの事を隠したさ」
誰も寄せ付けない、そんな笑顔で理事長ははっきりと断言する。
「この事」正直何の事かはまだ分からない。
今、分かっているのはこの大地の棟が、例えようのない禍々しい空気に包まれ、まるで何年も時が経ったように壊れかけている状態にあること。
そして、それを隠すために、この場に強い結界が張られている事。
「話をする前に、食事にしよう。みんな夕飯がまだだろう?」
PR