3時間目
「置いていくなんてひどくない?」
「置いていかれるほうが悪い」
追いついてきて、横に並んだ彼の言葉を、すっぱりと切り捨てる。
それでも、彼は会話を諦めようとはしない。
「ん~、何だかな。お前って変わってるな」
「それ、お前にだけは言われたくない」
「そう?」
不思議そうに小首を傾げる彼は、自分の性格に自覚がないらしい。
彼の言葉を最後に僕は黙って走る。
会話をする事をあきらめたらしく、彼も黙って横を並んで走っていた。
「折角だからさ、桜見にいかない?」
しばらくたって、彼が再び口を開く。
「え?どこに?」
「わき道、入ったとこ。ちょっと並木道ちっくな感じなんだ。その道なら駅までまっすだし」
「分かった」
「なぁ、知ってる?今日の誕生花って桜なんだ」
「へぇ」
彼が少しばかり前を走り、僕を先導する。
彼の話に着いていくのは難しい。彼の頭の中ではいったいどうやって組み立てられているのだろうか?
「いいよな、桜って。オレ、一番好きだ」
「そうだな。俺も好きだ」
「お、初めて意見が合ったじゃん」
「・・・そうだな」
「この、思い切りの良さがいいんだ。ほら」
彼が前方を示しながら、嬉しそうに言う。
「わぁ・・・」
思わず、感嘆の声が漏れる。
満開の桜並木だ。
真っすぐに伸びる道に、桜色の道が続いている。
時折、吹く風で桜が散るのがまた美しい。
「一つ一つは小さいのに、こんなに大きく存在を示せるなんてすごくないか?」
「ああ」
僕の目の前でひらひら舞う。
僕の中の全てをそのまま攫って行ってはくれないだろうか?
桜の花びらの中に入ると、なんとなく僕の中の黒いものが洗われる気がした。
自然と目頭が熱くなり、僕は天を仰ぐ。
桜を見上げる彼は何を考えているのだろうか?
同じように、地面に足をつけ桜を見上げる彼へと視線を送る。
今朝見た彼の姿が甦る。
桜が舞い散る中に、見えない涙を流す金髪の少年。
天崎永夜という人間に初めて僕が興味を持った瞬間だった。
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